第72話 制止
「……そういうことだったか。なるほど……しかし武尊。お前にそれほどの力があったとは知らなかったぞ。どういうことだ?」
父上が若干強い視線を俺に向けた。
俺はたった今、幼稚園であったことについて説明した。
それは、以前裏庭に出現した鬼を倒し、浄化したことも含めてだ。
その辺も隠すことが出来るのであれば隠したかったが、そこを隠してしまうと色々と話がややこしくなるため、後々ボロも出やすくなる。
それならば最初から正直に説明してしまった方が楽だろうと思ったのだ。
ただし、あくまでも、そこそこ才能がある気術士の卵としてそれくらいは出来るようになっている、という体でである。
どうやって倒したか、とか、あの鬼の格がそこそこ高かったとか、その辺については曖昧にしている。
浄化も、なんとなくやってみたら出来たくらいの話にして。
これなら父上と母上も受け入れやすいだろう。
俺はそんな父上に、殊勝な顔をして言う。
「……ごめんなさい。妖魔がいたら、倒すのが気術士の使命って、父上が言ってたから……そうしなきゃって思って……」
これには父上も、
「……確かに言ったが、まさかその年齢で鬼など倒してしまうとは……。かなり低級のものでも、鬼はそれなりに強いというのに。私が無茶を言っていたのが悪かったか……」
と少しばかり反省した顔をした。
自分の言葉が原因、と勘違いしたようだ。
実際にはそんなことを言われようが言われまいが鬼は倒していただろうが、別に説明するつもりはない。
嘘も言ってないしな。
息子の教育を間違ってしまったか、と少し悩んでいる父上に、母上は、
「……貴方。怪我の功名ではないですが、武尊は今回、初めて妖魔を一人で倒したのです。何も悪いことはしていないのですから、まず褒めてあげるのが先決では?」
そう言ったので、父上ははっとしてから深く頷き、
「……確かにそうだ。気術士として、立派なことをしたな……武尊。すまない、お前が心配なあまり、またこんなことがあってはと頭がいっぱいで……」
そう俺に謝ってくる。
俺はこれに、首を横に振り、
「……ううん。僕、悪いこと、したわけじゃないんだね……?」
と言うと、父上は力強く頷いて言った。
「当然だ。妖魔退治は、気術士の使命。それを成したことは褒められこそすれ、けなされるようなことではない」
「良かった……。じゃあ、また妖魔が出たら倒してもいい?」
ついでに許可を取っておけたらいいな、と思いながらの台詞だったが、流石にこれについては父上が、
「……いや、出来れば近くの大人の気術士を呼んでくれ。幼稚園なら……夢野先生や日方園長を、私や薫子が近くにいれば勿論私たちを。今はまだ、率先して一人で向かっていくのはやめておいてほしい」
そう言われてしまった。
まぁそりゃそうか。
これはこっそり倒すしかないな……。
「分かった……でも、じゃあいつ妖魔を一人で倒しても良くなるの?」
「それは……実力がついてから、と言いたいところだが、すでにその実力を示してしまっているしな……うーむ。これは早めにどこかに登録を済ませた方がいいか……」
「登録?」
それはなんだ、と思った俺に、父上が言う。
「あぁ、私たち気術士は、依頼を受けて仕事をする。個人から直接依頼を受けることもあるが、知り合いからとか、もしくは有名な気術士でない限りはそういうことは多くない。ではどうやって仕事を得ているか。これは簡単で、一門の組織などに登録をし、そこから仕事を回して貰っているのだよ」
「そうなんだ」
これは五十年前にはなかったシステムだな。
俺の時代には、もっと曖昧な仕事の回し方だった。
登録どうこうとかもなく、まぁあいつ一人前になったろ、という奴に投げるみたいな感じだった。
それでも回っていたのは、そもそも一門そのものがそういう組織として機能している面があるからだ。
それ自体は今も変わらないだろう。
ただし、それとは別枠として正式な組織を作り、そこが仕事を受け、回す、というシステムになっているのは、やっぱり現代の情報社会がそうさせているのだろうと思う。
それに加えて、婆娑羅会みたいな一門と直接関係のない組織も増えているのだろう。
昔は家門の権力が強くて、在野の組織とか存在感も何もなかったからな……。
気術士界隈も、結構変わってきているということなのだろう。
「まぁ、金銭を得るならそうするのが一番分かりやすくて簡単だというだけで、一人で妖魔を倒して良いかとはまた別の話だが……とりあえずそこを目指して私の方でも動いていこう。ただどれだけ早くても、小学校高学年くらいまでは我慢して欲しい。これは実力以前に、依頼主などとの交渉もあるからな。あまり若すぎると信用面で不安がられたりなどするがゆえ……と、これは流石にまだ早すぎる話か」
色々細かく説明し始めたところで、母上も、
「貴方、いくら武尊が賢いからってそこまでは分かりませんよ。ともかく、武尊。これからは、あんまり無茶するのはやめてね。あぁ、でも澪様がいらっしゃるときはいいのかもしれないわね。武尊のことを守護してくださるという話だし」
そう言った。
これには父上も頷いて、
「確かにそれはそうかもしれんが……いや、それでもしばらくは駄目だ。いいな、武尊」
そう言ったので、俺も仕方なく、
「うん、分かった」
そう頷いたのだった。
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