第71話 交渉

「……龍、とな。いや、電話ですでに園長からは報告を受けている。だから本当なのだろうとは思うが……しかし、その見た目からはとても信じられん……」


 父上である圭吾が、澪をまじまじと見つめながらそう呟いた。

 彼の隣には母上の薫子が座っていて、俺と澪は机を挟んでその反対側に並んでいる。

 光枝さんは俺たちの斜め横にいて、話の行く末を静かに見守っていた。

 というか、何かあれば援護射撃くらいはしてくれるはずだ。

 そういう約束だからな……。


「嘘は言わんぞ。見た目はのう、やはりほれ、武尊がこの年齢じゃからな。ちょうど良いかと思ってこうしておる。変えようと思えばいくらでも変えられるぞ」


 そう言って、澪はその場で姿を変えてみせた。

 最初は五、六歳の見た目だったが、それが徐々に成長していくように、十歳くらい、十五歳くらい、二十歳くらい、四十くらい、そして老婆の姿に変わり……そして元の年齢に戻った。

 

「本当なのですな……!」


 父上が目を見開く。

 人化するのは、高位の妖魔しか出来ないことだ。

 例外的に、高位の妖魔が術をかけてやるとか、何らかの道具を使ったりして人化する低級の妖魔というのもいるし、人に化けることだけが得意な低級妖魔というのもいるが、基本的には難しい。

 だから、こうしてポンポン姿を変えられる、ということが澪が確かに龍であることを示していた。


「あとは……あぁ、龍の姿か。ほれ」


 さらに澪は龍の姿へも変わる。

 ただし、いくら一般家庭よりずっと大きな屋敷とは言っても、居間で数メートルの龍の巨体が突然現れては問題、という意識はあったようだ。

 彼女が変化したのは、概ね犬くらいの大きさの龍に、であった。

 ただ巨大だったときの特徴は備えている。

 それに、霊気も特に隠さず放出しているから、彼女が龍であることはもはや疑いがないことが、父上にも分かっただろう。

 

「……ありがとうございます。わざわざお姿を見せていただいて……」


「いや、何ほどのことでもない。これからわしは武尊に、ひいてはこの家に厄介になるつもりじゃからの」


「それなのですが……」


「なんじゃ、断るというのか?」


 ここでも幼稚園で見せたパワハラスタイルで行くのか、澪は、と思ったが、やっぱりなまじ力があるとそれが一番通りやすいのも事実である。

 しかし、父は、


「……脅されたとて、すぐにはいとは言えませぬ。武尊の身の安全が保障されねば……」


 と耐えて言った。

 それに澪は笑い、


「お主も中々の胆力よな」


 そう言って、すぐに圧力を引っ込めた。

 父はそれに少し目を瞬いて、視線でどういうことか、と尋ねる。

 すると澪は、


「わしはそもそも武尊に何か強制するつもりはないでな。それに武尊を狙うものなどあれば、わしが命を賭けて守護する、それくらいのつもりじゃ。住む場所は……人界に詳しくない故、確保が難しくてのう……そう言う意味では幼稚園の裏庭は良かったんじゃが、あそこにわしがいると他の園児も困るのじゃろ? というわけで、ここにいるのがちょうど良さそうと思っておるんじゃ。それでもいかんか?」


 全うに交渉しだした。

 父もこれには少し面食らったようだが、内容は至極まっとうであるため、言う。


「……そういうことでしたら、特に問題はないですが……。しかし、なぜそこまで武尊に肩入れを……? 龍が命を賭けるなど、前例が……」


「何、わしは武尊が気に入ったんじゃ。具体的な理由を挙げよというのなら、この真気じゃな。清浄なものを感じる。わしは邪龍ではないゆえ、霊気満ちるところが心地よいが、武尊のそばは、まさにそういうところなのじゃ」


 この理由は、光枝さんと同じなのか。

 まぁあの裏庭だって浄化の結果だし、龍がそういうところを好むというのも周知の事実だ。

 だからこそ霊泉に居座ったりする。

 まぁ霊泉に龍が居座るのは他にも色々理由があるのだが。

 

 ともあれ、その澪の説明に父上も納得したようで、


「そうでしたか……ならば、否とは言いませぬ。部屋もご用意しましょう。余っている部屋はいくつもありますゆえ……山岡、頼めるか?」


「かしこまりました。旦那様。澪さま、お部屋にご案内します」


 光枝さんがそう言ったので、澪は俺に、


「では行ってくる! また後での。武尊」


 そう言って二人で去って行った。

 どうやら、これで澪の居場所の確保は出来たようだ。

 それから、


「……それで、武尊。詳しい事情を説明しなさい。園長から聞けたのは、簡単な話だけだったのだ」


 父上がそう言ったので、俺はあったことを話せる範囲で説明し始めた。


─────────


後書きです。


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