第70話 許可

「……武尊様が仙術をですか? うーん……」


 光枝さんが少し悩んだ声を出したので、俺はさらに頼むことにする。


「……駄目か? こんな機会、滅多にないから、どうしてもお願いしたいんだが……」


 これは正直な気持ちでもある。

 仙術を少しでも使える存在に出会えることなど、気術士であってもほぼ、ない。

 もしかしたら俺が知らなかっただけで少しくらい、どこかにはいるのかもしれないが、少なくとも俺は一度も聞いたことがない。

 だから、光枝さんが断るなら、俺には仙術を身につける機会なんてないということになってしまう。

 それは非常に困る。

 なぜなら、俺は出来るだけ力をつけたいからだ。

 四大家のトップを倒すという目標を考えると、どれだけ力を持っていても足りないように思えてしまうからだ。

 それだけ、奴らは手強い相手であることを俺は知っている。

 あいつら相手に油断をすれば、どれだけ手痛いしっぺ返しを食らうか。

 そのことを、俺は自らの死という事実でもって味わった。

 だから……。

 そんなことを考える俺に、光枝さんは言う。


「あぁ、いえ。私が教えたくないというわけではなくて……。教えるのであれば許可を取らなければ難しいものですから」


 これは意外な話だった。

 許可?

 まぁ、考えてみれば気術についてだって、誰にだって教えても構わないというものではない。

 本来は、たとえば高森家の秘伝とかは当主の許可がなければ決して他家に漏らしてはいけない、そういうものだ。

 また、霊能力者を発見したからと言って、気術を教えて良いのかというとそれもまた難しい問題だ。

 そいつが微弱な霊能力を使って犯罪を繰り返しているような奴である場合に、気術を教えてしまえば問題になるだろう。

 少なくとも心根に問題がないかどうかとか、そういう調査は必要になる。

 光枝さんの言うのもそう言う話か?

 そう思った俺は尋ねる。


「俺が仙術を教えるに値する人間であると、誰かに判断して貰わないとならないってことか?」


「それもありますが……そもそも、仙術を身につけるには、仙桃をまず口にするのが手っ取り早いので。そのためには仙界に行かなければならなくて……」


「仙界……あるのか、本当に」


 この世界……つまり地球は日本などが存在している、現界とか現実界とか呼ばれる場所以外に、世界はいくつも存在すると言われる。

 一番俺たち気術士にとって身近で、確実にあると確信できている世界は、妖界である。

 ここは妖魔が生まれ、妖魔が住まう世界で、以前、俺が死ぬときに開いていたあそこも妖界に繋がっていると言われていた。

 実際には、あの鬼が封じられている一種の亜空間でしかなかったわけだが、歴史上、妖界への扉は何度も開いているし、そのたびに、当時の気術士たちが閉じてきた記録があるので、存在は明らかである。

 そしてそれ以外に、あると言われてはいるものの、誰も確認したことがない異界に仙界がある。

 ここは、仙人やそれに使える生き物が住まう場所とされていて、場合によっては理想郷、楽園のようにも言われることが多い。

 だが、ここに関しては、本当にほとんど情報がない。

 それこそ、古い歴史書や、おとぎ話のようなものには出てくるのだが、それくらいだ。

 だから実在しているのかどうかは、人によって意見が異なるのだが……。


「ありますよ。まぁ、普通の人はどうやっても行けませんけどね。ただ武尊さまが仙術を学びたいと考えているのなら、やはり行く必要があるでしょう」


「……連れてってくれるのか?」


「その気がおありなら。とはいえ、すぐにというのは中々。私の方でもまず連絡を入れなければなりませんし。そうでなければすぐに排除されてしまいますからね……」


「なるほど……分かった。じゃあ頼む」


「承知しました……あっ、それで、私のことは内緒にしてくれるってことでいいですね?」


 交換条件も忘れてはいなかったらしい。

 ちょうど家に辿り着いたので念押しというところか。

 俺は苦笑して頷き、


「分かった。だが、そのうちちゃんと自分で話してくれよ。そんな何十年もは秘密にしてられないぞ」


 それくらいの条件はつけさせてもらう。

 これに光枝さんは、


「それは勿論です。そろそろ言わなければ、と思っていましたからね。先代の時は、亡くなられる直前まで言えずじまいで、後悔しましたし」


「……本当にずっと高森家に仕えてたんだな」


「はい。武尊さまが当主になられても、私は高森に仕え続けますよ」


「ありがたい話だ。じゃあ、家に入るか。少なくとも澪のことはなんとか家においてもらえるよう、説明しなければ」


「ご協力いたします」


「二人とも、頼むのじゃ!」


「……なんでお前が一番偉そうなんだ……」

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