第69話 狐
「……狐? って、光枝さんが……?」
急な澪の言葉に俺が驚いていると、澪は当たり前のことを言うような口調で続けた。
「うむ。そうじゃぞ。どう見ても狐ではないか……匂いが……って、そうか。人間には匂いではそうそう分からぬのか」
「えーと……?」
納得している澪になんと言って良いものか分からず、また車の運転をしている光枝さんに声をかけて良いものか悩んでいると、光枝さんの方から口を開く。
「……黙っていて申し訳ありません。澪様のおっしゃるとおり、私は狐……いわゆる気狐と呼ばれる存在です」
「気狐……って、あれか。仙狐の一種の?」
狐は修仙して仙人になるという言い伝えがある。
あるが、俺はそんなものを見たことがない。
妖狐……妖気を吸収し、妖魔となった狐ならばいくらでも見たことがあるが。
妖狐の気配は妖魔とほぼ同じため、見間違えることはもちろんない。
けれど、光枝さんからそんな気配など一切感じられなかった。
いつも気分のよくなるような空気を放っているな、というくらいで。
……あれって、光枝さんが、仙狐だからってことだったのか?
考え込む俺に、光枝さんは言う。
「そうですね。ただ、私の場合は仙狐と言われるほどの段階では……多少、仙術をかじってる程度です」
「あぁ、確か……野狐、気狐、地狐、白狐、空狐、天狐の順番で出世していくのだったか、狐仙は……」
「ええ。一番下が野狐で……私はその次の段階です。仙狐を名乗るなど、とてもとても……」
「だが、仙術を多少なりとも使えるのだろ?」
「ええ。ですから、武尊様が普通とは違うことも、なんとなく察しておりました。まさか龍と契約を結ぶほどとは思っておりませんでしたが……」
「そうか……だから、俺がこんな口調でも驚かない、と」
「いえ、驚いてはおりますよ。本当はそんな性格でいらしたのですね……」
「まぁな。父上と母上には内緒にしておいてくれ……というか、なんで仙狐が我が家にいるんだ。害をなそうというわけではないのは分かるが……」
たとえ仙狐であっても、害意の有無くらいは流石に分かる。
そもそもそういう気持ちがあったのなら、俺が生まれるよりもずっと昔に高森家は滅びていただろう。
そうなってはいないことが、特に光枝さんが高森家にどうこうするつもりがないことの証明になる。
だが、そうなると、なぜうちにいるのかが分からない。
仙狐というのは、より高い位に昇るために修仙するのが普通だと言い伝えでは言うのだが。
もちろん、あったことないからその実際のところなど知らないけど。
仙術、というのはそれほどに幻の存在だ。
たとえ気術士であっても。
気術関係で言うと、そもそも気術の源流は仙術にあるとかも言われるからな……。
嘘かほんとかは誰も知らないが。
「私が高森家に置いて貰っている理由ですが……それは古い時代に遡ります。まぁ……簡単に言いますと、かつて私は色々と妖魔として悪さしていたんですが、それを高森家の初代に咎められまして。それ以来、高森家にひっそりと仕えているのです」
「……えらく端折ったな。だが話は分かった。でも初代なんて何年前だ?」
「もう数百年前ですね」
「なら流石に恩返しも済んだんじゃないか? 高森家にいる必要は……」
「最初はそう思ってたんですが、これだけ長くいますと、愛着も湧いてきてしまいまして……。高森家を守護しようと考えて、いさせていただいております。それに、最近面白いこともありました」
「……なんだ?」
嫌な予感がしつつ、しかし尋ねざるを得ず、そう言うと、光枝さんは言った。
「もちろん、武尊さまが生まれたことです。こんなにも面白い赤子は見たことがありませんでした。圭吾様もとても素敵な方ですが、私は思ったんです。武尊さまがこれから先何をするのか、見てみたいな、と」
「興味本位か……」
「それに、地脈と繋がられているじゃないですか。武尊様から流れてくる真気は、気狐である私にとって非常に心地がよくて、かつ修行も進むんですよ」
「そうなのか?」
「ええ。仙術の修行に重要なのは、何よりも清浄な空気ですが……武尊さまの周囲は自然にそのように浄化されます。ですから……」
「なるほどな……。しかし、どうしたものか」
「何がでしょうか?」
「今日一日で、人外がうちに二匹も増えてしまった。俺は両親にどう言えば……」
「いえ、報告はしないでいただけるとありがたいのですが……」
「そういうわけにもいかんだろ。というかやましいことはないんだろ? だったら……」
「そうなんですけど……ほら、ここまで人間でやってきてしまったので、ちょっと言いにくいといいますか、少し猶予をいただけると……」
「……随分人間くさいこと言うな」
「本当にここ二十年くらいは人間そのものの生活してきたもので……言うなら自分で言いたいですし」
「……はぁ。分かったよ。じゃあ、澪のことについて説明するときは、しっかり味方についてくれ。あと……光枝さんは仙術使えるんだよな?」
「ええまぁ、修行中の身ですけど」
「それ、俺にも教えてくれよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます