第65話 強弁

 結局、澪についてはそのまま連れて戻ることにした。

 後で説明するのも面倒くさいし、一気にやってしまった方が話が早いだろうとも思うし。

 二人連れだって戻ると、裏庭の入り口から少し離れた場所には聖獣医師の鎌田に、園長の日方、それに夢野先生に、咲耶と龍輝が深刻な表情で待っていた。

 俺をその視界に捉えると、あからさまにほっとした表情を全員が浮かべたので、随分心配かけたものだな、と思う。

 まぁ、龍というのはそれだけの存在だからな。

 彼らからすれば、人間など気術士であっても脆弱で矮小な生命体に過ぎない。

 ほとんど象から見た蟻みたいなものだ。

 その龍から、勝てないと言われる俺は一体何なんだと言う感じだが、それもこれも運のお陰で、俺の頑張りとかではないからな……。

 とりあえず死ななければならない、というのが運なのかと言われるとなんとも言いにくいが。


「……無事だったか」


 まず最初に話しかけてきたのは、澪のところまで一緒に行った鎌田だった。


「……はい。ご心配をおかけしてすみません」


「いや……私が不甲斐なかったのが悪いのだ。どこかおかしいところはないか? 傷や、真気に異常などは……」


 気遣わしげに聞いてくる鎌田に、どうやら地脈と繋がってしまった俺の真気は、土地神が持つものとほぼ同質みたいですよ、なんて冗句でも言えない。

 俺は曖昧に微笑んで、


「どこにも怪我はないです。龍は穏やかに会話してくれましたから」


「そうか……それは良かった。この老骨も命を賭けんで済んだようだし、ほっとしたよ。それで、その後ろにいるのは一体……誰だ? どうやらどこかの子供のようだが……」


 流石に鎌田も聞かずにはいられなかったらしい。

 巫女服を身につけた五、六歳ほどの子供が、唐突に俺と連れだって現れたのだ。

 構造上、裏庭への入り口は一つしかなく、外から入り込んできたというのも考えにくい以上、当然の疑問だった。

 これになんと答えるべきか俺は悩んだが、それについては澪が自ら答えることで解決してくれる。


「……鎌田よ。本当にわしが何者なのか、分からぬのかえ?」


 俺と会話するときよりも若干圧力の感じられる口調で澪はそう言った。

 雰囲気も大分異なっており、表向きの態度というか、龍としての威厳をしっかりと示しているようだった。

 流石にこの変わりようには鎌田も驚いたようで、しかもそれで事態をある程度察したらしい。


「ま、まさか、み、澪殿……!? どうしてこちらに……いえ、それよりも、なぜそのようなお姿で……!?」


 ただし、何を聞くべきかは混乱しているようだった。

 まぁそりゃそうだよな、という感じだが、澪は何を言うべきかしっかりと既に考えていたらしい。

 彼女は鎌田に言う。


「なに、この子供……武尊が非常に面白いのでのう。わしはこの武尊にしばらくついていくことにしたのじゃ。そうなると……ほれ、人間の子供の周りに、龍がいるなどおかしかろ? であれば、似たような姿であれば問題ないと思ってな」


「武尊についていくですと……!? そんな、それでは武尊は……澪殿のお世話をずっとしろと……!?」


「……不満かえ? わしの世話をすることが、それほどに……?」


「い、いえ。しかし武尊は未来のある気術士の卵。それを……その……」


「……ふむ、お主の言うことも、理解は出来る。わしも人の世に疎いとはいえ、お主らの人生は短い。龍に永遠に仕えるというわけにはいかぬじゃろう。じゃから、こういうことにした。わしは武尊と契約を結ぶ。武尊に何かがあれば、わしはわしの力全てを使ってでも守護する。その代わりに、武尊にはわしのある程度の世話を引き受けて貰うとな。対等じゃろう?」


「……ですが……」


「くどいぞ! 武尊は既にそれに同意したのじゃ。今更文句を言おうと、これは覆らぬ」


「……武尊。お主はそれでいいのか? これでは……澪殿の奴隷のような扱いになってしまいかねぬ……」


 鎌田は俺を心配してそう言っているようだった。

 本当にいい人だなと思う。

 それを騙しているようで気が引けるが……契約自体の内容はまぁ嘘ではないな。

 主従が逆になってるだけで。

 しかも世話をするとか言ってるが、これって犯人捜し一緒にやるとかそのレベルでしかない。

 あとは一日三食用意しろだったから、この程度で龍と契約できるのならどんな気術士も、もろ手をあげての大賛成である。

 まぁでも、これくらい強権利かせて契約したんだ、と強弁しないと、四歳児と龍との契約は不自然だろう。

 俺は澪の演技に乗ることにして、鎌田に言った。


「……いえ、大丈夫です。澪さまは、優しくお話ししてくださいますし、色々教えてくださいました! そのお世話をするなら、光栄です……!」


「……武尊。お主がそこまで言うのであれば、わしも頭ごなしに反対はせぬが……いいや、反対したところですでに契約は結ばれたのか。言霊に半 反すれば、お主の気術士としての力にも差し障る。仕方あるまい……だが、澪殿。私が貴女の前で先ほど言ったことは、今でも本気です。そのことを努々お忘れにならぬよう……」


「分かっておる。お主の小さき命を奪うことなぞ簡単じゃが、その高潔な覚悟は可能な限り尊重しよう。それで良いな?」


「はい」

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