第64話 言い訳

「……勢いで契約してしまったが、ちょっと問題があるな」


 澪を胸に抱きつつ、俺がそう呟くと、彼女は口を若干尖らせて言う。


「なんじゃ、わしでは不満じゃとでも言うのか?」


「龍を従えられてその文句を言う奴は気術士にはいないだろう。そうじゃなくて、四歳児が龍と契約したことをどう、言い訳するかっていう問題だよ」


 言われて澪もはっとした顔をして、


「……確かにそうじゃな。ならば、その辺はわしが適当に言い訳してやるからお主は今まで通り振る舞っていれば良い。普通の子供のふりをしているんじゃったな?」


「お? それはありがたいが……。あと、友人が二人いるんだが、そいつらには大して気を遣わなくて良いぞ。俺がこう・・だって知っているからな」


「そやつらの名前は?」


「咲耶と龍輝だ。咲耶の方は俺の許嫁でもある」


「ほう、許嫁か……む、だとすればこの体勢はまずいかもしれんな。よっこらせ、と」


 言いながら、澪は体を起こした。

 どうやら一瞬ふらついただけのようで、もう体は平気らしい。

 ただ俺は一応尋ねる。 


「大丈夫なのか?」


「うむ、問題ない。急に真気を大量に注がれたからのう……驚いてしもうた。しかし……ふむ。お主のお陰で龍としての格が上がったように思うぞ」


「え?」


「わしら妖魔は持つ力の量で、存在の格が変わってくるからのう。お主から受け取った真気は、わしが元々も持っていた霊気の数倍はあった。これだけでも、お主と契約した甲斐があったというものじゃ……普通これだけの力を身につけようと思ったら、それこそ数百年かかるのでのう」


「そんなにか? 確かに、お前から受け取った霊気よりも多めに真気を渡したが……」


「多めなんていうもんじゃなかったわい。細かい制御は苦手か?」


「かなりな……。実は、地脈と繋がってしまってて、真気はほぼ無尽蔵に扱えるんだよ。それがゆえにどうもちまちま使うのがなぁ……」


「地脈と……お主、ほぼ土地神ではないか」


「……土地神って、そういう仕組みなのか?」


「あぁ……人間はその辺りの仕組みを詳しく知らんのか。地脈はその土地の真気、妖気、霊気などのエネルギー全てを整える基礎じゃからな。それと直接繋がれるのは……いわゆる昔から土地神と呼ばれる存在だけよ。つまりお主は……」


「だが俺は人間だぞ?」


 土地神というのは、それこそ神と呼ばれるだけあり、人間が、などという話は聞いたことがない。

 いや、聞いたことがないだけで、いたということか?

 初代様はまさにそういう存在だったと?

 そう言われると納得もあるが……。


「うーむ、わしもあまり人間がというのは聞いたことはないが……ゼロではない。ただそういう者は後に人の枠から外れてしまったりしているがのう。お主もいつか……」


「え、俺は人間じゃなくなるのか?」


「今は人間じゃ。じゃが今後は分からん……あまり力を使いすぎるのは進めぬぞ。大量の力は、その存在の本質まで変えてしまう。わしに注がれたお主の真気が、わしの存在を格上げしたようにの」


「なんだか恐ろしい話なんだが……」


「そうか? お主がこちら側に来れば、わしもずっと一緒にいられて嬉しいが。土地神の眷属など、龍であっても多くないからのう」


「……まぁ、その辺はとりあえず保留だ。それより今は、皆を待たせすぎてるからな。一旦報告に戻らせてくれ……あぁ、お前も来るか? というか今後お前はどうする?」


「うーむ、別に契約があるからといって常にお主の近くにいなければならぬというわけではないが……まずわしに傷を負わせた奴を探さねばならぬからな。そのための情報を集めるには、気術士の近くにいた方がいいじゃろう?」


「まぁ、それはそうだな。それに、俺はあまり外出が出来ないから、その分お前の方で動いて貰うことも多そうだ。指示というか、頼み事もあるだろうし、近くにいてもらえるとありがたいかも」


「それくらいお安いご用じゃ。というか、もうわしはお主の式鬼なんじゃからな。気兼ねなく命令すると良い」


「……龍といえば、気術士にとっては尊敬の対象だからな。命令って感じでもないが……」


「その割には攻撃してくる奴がいたんじゃが」


「それを言われるとな……とにかくさっさと捕まえるために頑張ろうか」


「うむ、よろしく頼む」

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