第62話 呪い返し
改めて龍の背中に刻まれた《呪い疵》を観察してみる。
かなり深いことが近くで見るとよく分かる。
痛みも相当なものだと思うが、その割に全然平気そうな顔をしているあたり、さすが龍というのは人間とは遥かに格上の存在なのだなと理解させられる。
それでも、俺はとりあえず尋ねる。
「……痛みはないのか?」
すると龍は、少し考えてから答えた。
「まぁ、それなりに痛いぞ。生まれてこの方、一番の痛みかもしれんなぁ」
「そんな風には聞こえない言い方なんだが……」
「そこはな。やはりわしらと人間の精神のありようが違うからじゃろう。同じ傷を負えば……人間であれば発狂していてもおかしくはない」
「それほどか……やっぱりさっさと治さないとな」
「耐えられると言ってもわしも痛いのは嫌じゃからな。そうしてもらえるとありがたいが、いけそうかの?」
「呪いの浄化にはさほど問題はないな。まぁその際に抵抗に遭うから、それなりに痛むかもしれないが……耐えられるだろう?」
人間の場合だったら、時間をかけないとそれこそ発狂するほどの痛みが何度となく襲いかかるような大治療になるかもしれない。
だが、相手が龍なのであれば……。
「うむ、大丈夫じゃ。では宜しく頼む」
「あぁ」
あんまり時間かけてもしょうがないだろうと、俺は即座に《呪い疵》の呪いを引き剥がすところから始めた。
本来、魂にまで食い込む呪いは、剥がすとき猛烈な痛みが発生する。
だからこのやり方はあまりやらない。
だが、龍ならば大丈夫だろうと判断する。
もしかしたらそもそも、先に浄化してしまった方がいいのではないか、と思うかもしれないが、それをすると呪いが魂の中に残ってしまう時がある。
だから剥がす方が確実なのだ。
死ぬほど痛いというデメリットを除いては。
剥がし方はやり方としては比較的簡単で、真気で不可視の腕のようなものを作り、引っ張る、ただそれだけだ。
聞くところによると、この引っ張る時に、まるで皮膚を無理やり剥がされているような感じがするらしく、普通の人間ならそこでもう痛みで気絶するか頭がおかしくなるかの二択になる。
麻酔のようなものがあればいいのだが、体に麻酔は聞いても、魂には、精神には効かない。
したがって、これは耐えるしかない苦痛なのだ。
本当に龍とはいえ大丈夫なのかと、やっている最中、その顔色を見てみるが……。
「……本当に平気なんだな」
「う、うむ……じゃが痛いのは痛いぞ……」
「そうだろうとも……ま、もう直ぐ終わる。もうほとんど剥がれたしな……お、抜けた」
「……ほ? 急に楽になったぞ!」
それは簡単で、呪いが剥がれたからだ。
すると驚くべきことが起こる。
黒ずんでいた傷は普通の深い刀疵に変わり、そしてその直後、まるで速戻しするかのように再生していくのだ。
呪いが抜けたから、龍本来の治癒力を取り戻したということだろうな。
「……これでわしの方は問題ないのう。じゃが、その呪いは……」
体調の良さそうな顔で、龍は俺が空中に浮かべたままにしているの呪いの本体を見る。
それはまるで、空間に空いた
これが、呪いが実体化したものだ。
先ほどまで、龍に巣食っていたものだ。
本来ならこれを浄化して、消してしまうのだが……。
「……人を呪わば穴二つって言うしな。返すか?」
俺が尋ねると、龍は、
「出来るのか、そのようなことが」
「もちろん、どんな呪いであっても返そうと思えば原理的には返せる。このタイプの呪いは傷と一体化してしまうから、本当ならほとんど不可能だろうが、もう剥がれたしな。問題は強力すぎて返してしまうと相手が死んでしまう可能性があることだが……」
龍ほどの存在でやっと耐えられるような苦痛を与える呪いだ。
それを気術士とはいえ人間が受ければどうなるか、想像に難くない。
かといって別に犯人に対する同情の余地はないが、死んでしまったら色々と聞けなくなるからな……。
どうしてこんなものを龍につけたのかとか、なぜ追いかけてたのかとか。
だから龍にどうするか委ねようと思った。
俺の言葉に龍は答える。
「……そうじゃな。返せるならば返してくれ。わしの苦痛を知ってもらいたい」
「死んでしまうかもしれないが、いいんだな?」
「同情せよと言ってるわけではないな?」
「情報取れなくなるけどって話だよ」
「……わしが言う事ではないが、その年齢でドライすぎんか?」
「こんなもの他人につける奴に同情の余地なんてないよ」
「そうか……では頼む」
「任された」
そして俺は、呪いから不可視の手を離す。
既に剥がされ、呪術的には返された状態にあるため、それだけでどこかに飛んでいった。
向かう先は元々の術者のところで、向こうが返せない限りはそのままその術者に取り憑く。
「……死なない程度に苦しんでくれるといいよな」
「探すのが楽になりそうじゃからな」
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