第60話 提案
「……まぁ、信じてくれる分にはそれでいいか。それより霊獣を狙う気術士ね……。そんなやつがいるのか……。念のため聞いておくが、間違いじゃないのか?」
俺が尋ねると、龍は言う。
「気術士じゃったことは間違いないのう。少なくとも、妖魔の類ではなかった。真気を操っておったから、普通の人間でもなかろうて」
真気を扱えるのは気術士だけだ。
まぁ、外国なら西洋魔術師がいるが、やつらは日本ではかなり少ない。
いないことはないが、技術体系が違うため、龍でも攻撃を受ければそれと分かるだろう。
つまり、本人の言うとおり、間違いなく気術士である、ということだ。
「しかし、だとしてもなぜ、そいつはそんなことを……? やっぱり素材目当てか?」
龍は、その全てが良い素材になることでも知られる。
鱗は小さくても護符などの材料に使えるし、巨大なものともなればそのまま盾にだって出来るだろう。
牙は武具にもなるし、儀式の触媒に使える。
また血液は貴重な薬剤に合成することも可能だし、その持つ特別な霊気……龍気とも呼ばれるものは、うまく扱えれば恐ろしく有用である。
そのため、龍を殺そうとする目的というのは分かりやすい。
通常は龍が自ら分けてくれるそれらを使うが、倒してしまえば遠慮なく素材に出来るのだから、やろうと思う者がいたとしてもおかしくはない。
そもそも、現代とは違って、それこそ数百年前とかは、そのようなことを普通の気術士も行っていたというしな。
それに今だって、邪龍に対してであればやっても咎められることはない。
しかし、霊獣に分類されるだろう龍にそれをやるのは……。
そんなことを考える俺に、龍は言う。
「それはわしにも分からんが、ただ、《呪い疵》まで刻み込んできたのじゃ。素材にするなどの目的では、そのようなことはしないのではないか? わしが言うのもなんじゃが、価値駄々下がりじゃぞ」
龍がそう言った。
確かに、これだけの《呪い疵》がついていれば、素材としての価値は大きく下がる。
傷のないまっさらな素材こそが、もっとも珍重されるからだ。
けれど……。
「別にそれくらい、治せば良いだろ。倒してから考えれば良い。殺してしまえばあれだが、生かしたまま捕らえれば治癒も可能だしな」
そういうことも出来る。
しかし、俺がそう言うと、龍は驚いた表情で、
「……お主、これを治せるのか?」
そう尋ねてくる。
俺が首を傾げて、
「……? あぁ、多分だが、治せると思うぞ。霊獣の治癒は浄化の手順に近いのだろう? 特に《呪い疵》については、呪いを払えば自然治癒で治せるんだよな? そもそもそのつもりで俺を呼んだんじゃないのか?」
この知識は、北御門家の蔵書から得たものだ。
俺はまだ、そこまで治癒系の気術には精通していないが、自分の傷であれば切り傷くらいは治せる。
ただ、この龍の傷はかなり大きなものだ。
その意味で治すことは難しいだろう。
しかし、龍は自然治癒力が非常に強く、普通の傷なら自分で治せる。
たとえ子供でもだ。
そんな龍であるはずの目の前の幼女がこれを治せていないのは、あくまでも《呪い疵》だからであり、だから、その呪い部分を取り払ってやれば良いと言うことになる。
呪いとは、穢れであり、邪気だ。
それを払う方法は、浄化そのもの。
だから俺には可能である。
龍にしても、少しでも早く浄化したいがために、この聖域に降りてきたのだろうしな。
俺が直接やればもっと早まると言うだけだ。
「……いや、少しだけ期待はしておったが、そこまで確信があったわけではなかった。あくまでも、信用できそうな気術士に話を聞きたいというのが第一じゃったからな。まさかこんな子供とは想定していなかったが……」
「悪かったな、子供で。でもあんたも子供なんだろ?」
「まぁ、それを言われるとそうなのじゃが……それで、どうすれば治してくれる? 何か見返りが必要なのであれば、可能な限り考えるが……」
見返りか。
考えてもなかったが……もらえるものはもらうのはが俺の信条だ。
前世ではむしろ何も受け取らずに善行をすることこそが大事、と思っていたが、あんな目に遭って、俺は宗旨を変えた。
目的のために必要なことは、全てやる。
もらえるものはもらう。
損することは断る。
これが大事なのだと。
だからと言って、人助け的なものを一切否定することも出来ないのだが。
気術士はやはり、世の安寧のために存在するもの、そういう感覚は、俺の根の深いところに今でもあるから。
ともかく、俺は龍に言う。
「じゃあ、少しばかり鱗とかくれるとありがたいかな。無理に剥がしたりしなくてもいいが。たまに生え替わるんだろ? そういうときにくれればそれで構わない」
「……ほう、また随分と控えめな願いじゃの。てっきり牙をよこせとか、ひげをよこせとか言うかと思ったが……」
「牙なんて中々生え替わるものじゃないだろう。ひげも、龍にとっては非常に重要だと聞いたぞ。天候を操ったり、空を飛ぶのに大事な制御器官だとか」
「詳しいのう……ふむ。そうじゃな……お主、おそらくじゃが、北御門の血筋じゃな?」
急に尋ねられて、俺は驚く。
「……いや、北御門一門だから、遠い血縁関係はあるだろうが、北御門直系とかではないよ」
「お、そうなのか? それは意外じゃのう……じゃが、しかし……」
「どうかしたのか?」
「いや、北御門の血ならば、わしを従えることが出来るのではないかと思っての」
「……どういうことだ」
「お礼に契約をしてやろうかと思っての。素材も取り放題じゃし、伝書鳩にもなってやるぞ。乗り物にもなるし……。その代わり、一日三食は保障して貰いたいが」
「……何を言ってる?」
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