第58話 対面
そこにいたのは、確かに龍だった。
何の変哲もない、どこにでもあるような裏庭だったはずのその場所は、今や大きく様変わりしていて、中心にとぐろを巻いて辛そうな様子の小さな龍が陣取っている。
小さな龍、といっても、俺たち人間からすれば十分に巨大だ。
少なくとも、数メートルはあるだろう。
ただし、龍という生き物は、何百、何千年と生き、最も巨大なものにもなると、それこそ山かと見まがうほどのものになると言われる。
一般的な龍だとしても、この幼稚園の敷地くらいは埋めるくらいの大きさにはなるだろう。
それに比べれば、やはり小龍というべきサイズではあった。
「……分かるか、武尊。あれが小龍……澪殿なのだが、今から近づいて話をせねばならぬ。しかし、霊気が強いが……お主は……?」
聖獣医師の鎌田が気遣わしげに俺にそう言った。
先ほどの位置からでも十分に感じられた龍の霊気だったが、ここまで近づくと普通に物理的な圧力まで伴ってくるから、厳しくないか、と思ったのだろう。
咲耶と龍輝を連れてこなくて正解だったな、と心底思う。
二人にかけた結界はそのまましばらくの間維持されるようにしてきたから、今でも問題ないはずだ。
しかし結界があっても、ここまで近づいていたら気を失っていたかもしれない。
やはり小龍といえど、龍は龍なのだな、と理解させられる。
けれどそれでも……。
「特に問題はありません。このまま進んでいただいて結構ですよ」
俺がそう言うと、鎌田は微妙な表情で、
「……本当か? 無理などしなくても良いのだぞ? 私ですら大分きついのだからな……」
そう言った。
だが本当に問題ないのだ。
「無理はしておりません。そもそも無理をするとか、嫌いなんですよね……」
「……そうか。ならば、構わぬ。では参ろう」
そして俺たちは、小龍の元まで近づく。
すると、小龍は俺たちを見て、口を開いた。
『……鎌田よ。来たか。して、目的の人物は……?』
腹の底に響くような声音だった。
口が動いてはいるが、声帯を使って鳴らしている音ではないな、これは。
霊声と呼ばれる、特殊な音声だ。
人の言葉を直接、声帯を使って発音できない存在がよく使う技法だが、霊気にそのまま意志を載せるために、気の弱い人間であれば気絶することもあるもの。
事実、鎌田は龍の霊声に気圧されている。
それでも耐えているのは、経験か、慣れか、それともやせ我慢か。
俺は全然平気だが、それは俺が大量の真気を持っているからだな。
水の一滴が海に落ちたところで、大した波が立つことはないのと同じだ。
鎌田は言う。
「は……。こちらの者が、お求めの人物かと」
俺に視線を向ける。
まるで龍に生け贄に捧げられているかのようだが、鎌田は何かあればすぐに俺を引いて下がれる位置取りと構えをしていることから、そういうつもりはなさそうだ。
まぁ、何かあるとしても俺は自分でなんとかできるけれど。
龍は、鎌田の言葉に怪訝そうな顔をするも、俺のことをじっと見ると、
『……ふむ。確かにこの真気は、この場に漂うそれと同質のものだな。よかろう……では、鎌田よ』
「は……」
『我はこの者と話がある。お前は下がっていろ』
つまりは、二人きりにしろ、ということか?
いきなりの提案に面食らったのは鎌田も同じようで、
「は、いえ、それは……しかし」
と言い募る。
気術士の子供とは言え、幼児なのだ。
守らなければならぬ、という使命感があるのだろう。
けれど、次の瞬間、小龍の圧力が強まり、
『何度も言わせるな。我がその気になれば、ここら一帯を消し飛ばすことも出来るのだぞ』
と脅しのような台詞を口にしたところで、鎌田も折れた。
「……仕方がありません。分かりました。ですが、この者はまだ幼児。無体なことは決してなされないでください。その時には、私にもしなければならぬことがございます」
『……ふっ。命を賭けるか。よかろう。約束してやる。この者に傷はつけぬと』
「であれば、私は下がらせていただきます」
そう言った後、鎌田は俺の耳元に口を寄せ、
「……すまない。そういうことになってしまった。不甲斐ない限りだが……」
そう言ったが、鎌田の出来ることはこの辺が限界なのは気術士なら分かることだ。
龍の力というのはそれだけ巨大なのだ。
俺一人の命と、この一体に生きる何千人もの命とを天秤にかけるなら、どちらを捨てるべきかははっきりしてる。
その上で、鎌田は俺の命を守ろうとしてくれているのだから、文句などありようはずもない。
前世、俺を殺したあいつらとは根本から違っている。
これはあくまでも、気術士としての判断なのだから。
前世も、こういう理屈で犠牲になれと言われたら、俺は何の不満もなく死んだだろうな。
そこまで考えて、俺は鎌田に言った。
「いえ、お気になさらず。それに龍も命の方は保障してくれたではありませんか。咲耶と龍輝にはうまいこと言っておいてください。下手をすると飛び込んで来かねないのでね、あの二人は」
「……分かった。しかし、何かあれば声を上げろ。私も命を賭ける」
「承知しました」
そして鎌田が下がり、龍と二人きりになる。
すると龍は……。
『……ふむ。何度見ても信じられんが……はぁ、疲れる。この喋り方やめるのじゃ』
と突然言い出し、
「え?」
と俺が首を傾げると、
『何を驚いておる。お主と同じじゃろうが、わしも」
そんなことを言ってきた。
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