第57話 聖獣医師

「……連れてきたか。で、どこにおる?」


 夢野先生に引率されて、俺たちは裏庭手前までやってくる。

 そこには、二人の男性がいた。

 一人は見覚えのある男だ。

 というか、この幼稚園の園長である。

 名前は確か、日方ひがた たく園長だったかな。

 六十くらいの爺さんだが、かなり体が大きく、屈強だ。

 気術士としても現役であるのは間違いないだろう。

 真気もかなりある。

 やはりそういう人物を選んでいるのは間違いない。

 気術士養成一貫校たる学院の幼等部の責任者なのだから、それなりの人物を据えなければ不安というものだ。

 そしてもう一人、夢野先生に話しかけてきた方の男は、俺の知らない顔だった。

 ローブというか、袈裟のようなものを着た、禿頭の男なのだが、坊さんには見えない。

 目つきがあまりにも鋭すぎるというか……この男もまた、気術士であることは真気から明らかだ。

 ただ、戦闘を主な生業としているわけではないだろうことは、分かる。

 この男こそが、最近話に聞いていた聖獣医師なのだろうから。

 

 夢野先生はそんな彼に言う。


「どこにって、ここに」


 あっけらかんとした口調なのは、もう夢野先生は俺たちに対して驚くという行為をしないことにしてるからだ。

 彼女曰く、もういちいち気にしてたら疲れるだけだから、そういうものとして受け入れる、とのことだった。

 まぁそれで正しいだろう。

 しかし、それでもたまに目を見開いたりしてることはあるので、全く動じないというのは今でも難しいようだった。


「ここに……? まさか、そこにいる子供達がそうなのだと言うのではあるまいな?」


 嘘を言うな、と言いたげな口調だが、夢野先生はそれこそ全く動じずに言う。


「言いますけど、何か問題が? 連れてこいって言ったのは鎌田様の方ではありませんか」


 鎌田、と言うのか、この聖獣医師は。

 見た目的に医師と言うより暗殺者とか言われた方が納得できる顔立ちなのがが……。

 いや、人は顔ではないか。

 

「馬鹿なことを言うな……小龍……みお殿が求めておられるのは、そこの裏庭を《浄化》した人物だぞ。《浄化》の技法がどれだけ高度か分かっているのか。そもそも、並大抵の真気では、これほどまでに清浄な空間は作れはせぬ。だからこそ聖域化しているというのに……」


 へぇ、名前を教えてくれたんだなぁ、と俺は思う。

 どうやら口を利いてくれたというのは本当らしい。

 加えて、俺がやらかしたことのまずさも再認識した。

 多少、浄化しすぎたからってそこまで問題になることではないと思っていたが、全くそうではないようだ。

 まぁ龍なんてものが陣取ってしまった原因なのだから、その時点で問題は問題だよな……。

 鎌田の言葉に、夢野先生はうーん、とうなりつつ、ただ事実だからと淡々と言う。


「私だって婆娑羅の実働隊にずっといたんですよ。浄化の重要さ難しさくらい分かってますよ。でも、本当にやった子がこの子なんだからそう言うしかないでしょう」


「まさか本当なのか……?」


 ここまで言ってやっと、鎌田も夢野先生が嘘をついているわけではなく、本気なのだと気づいたようだ。

 夢野先生はほっとしたように、今度は言い聞かせるように言う。


「この子達はちょっと、普通の園児達とは違うんです。三人とも天才なんですよ……特に今回やらかしてくれた武尊くんはねぇ……私とほとんど対等に術具作りについて議論するんですよ。浄化くらい普通にやりますよ、この子は」


 そして夢野先生は俺を見た。

 鎌田もそれにつられたように俺の顔を凝視する。


「お前と術具作りについて議論……? 三歳だか四歳だろう、まだ……。だが嘘ではないのか。ふむ……武尊と言ったか?」


「はい、なんでしょうか、鎌田さま」


鎌田仁吾かまたじんごという。聖獣医師だ。私が君を呼びつけた理由は、この裏庭の龍殿が、裏庭の浄化をした者を呼んでこいとおっしゃったからだが、本当に君が……?」


「まぁ、事実だと言うほかないでしょうね」


「……本当に大人のような口を利くな。いや、悪いわけではない。しかし、なぜ浄化を……?」


「……報告するほどでもないかと思って黙っていたのですが、以前、ここに鬼が出まして。危険だから退治しておいたんですよ。でも、そこそこの邪気を放ってたので、強めに浄化をしといた方がいいかなと思いまして……。結果やりすぎたな、とは思いましたが、清浄な空間であることはそれこそ、悪いことではないでしょう? なので放置してたのですが……」


「明確な説明をありがとう。なるほど、四歳の器ではないな。天才か……浄化も本当なのだろう。では、私についてきてくれるかな? 龍……澪殿は、私と園長しか近づけてくれぬ。だからそちらの二人にはここで待って貰う必要があるが」


「そうなのですか?」


 一緒に見物できたら二人にもいい経験が、とか思ってたんだけどな。


「仕方ないですね……悪いなお前ら。待っててくれ……あぁ、交渉できそうならしてみるからさ」


「分かりました」


「気をつけろよ、武尊」


 そして、俺は鎌田の後についていく。

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