第52話 零児の決意 1

 ……おいおい。

 一体俺は何を見せられてんだ?

 何かの妖術にでもかかってんのか?


 ついそう思ってしまったのは仕方のない話だろうと考える。

 俺──つまりは時雨一門の分家、雨承あまうけ零児としてはだ。


 ここで、少し奇妙に思うかもしれない。

 何故、苗字が時雨ではないのかと。

 勿論、俺の親父は龍輝の親父……辰樹という名前なのだが、俺は辰樹のオヤジと呼んでいる……の兄に当たるから、苗字そのままも可能だったが、あくまでも分家という立場であるためと改名したのだ。

 雨承の家名は、親父自らが考え、決めたという。

 時雨を承け、支えるという意味合いらしい。


 ここまで話せばわかるだろうが、俺の親父の白人はくとと辰樹のオヤジの仲は悪くない。

 むしろ、ほとんど目に入れても痛くないような可愛がり方をしており、弟の方が本家筋を継いだにしては非常に珍しい関係になる。

 普通、気術士の家で弟が跡取りに、なんで話になったら揉めること請け合いだからな。

 事実、四大家の一門ですら、その骨肉の争いからは歴史上、逃れることが出来なかったのだから。


 それにも関わらず仲のいい二人は何が原因かと言えば、色々あるだろうが、そもそも、年がある程度離れているのが大きいのかもしれない。

 俺と龍輝の歳の差が、そのまま親父たちの歳の差だ。

 十以上離れていて、親父とすれば弟が生まれたことに喜びこそすれ、マイナスな感情を抱いたことがなかったらしい。

 家を継ぐことについても、親父は時雨の奥義にはあまり馴染めず、難しいことも自覚していたというから、揉めなかったのも納得できる話だった。


 事実、雨承の気術は、親父にしても俺にしても、時雨と比べて異質だ。

 だからこそ、結果的に俺は婆娑羅に入ったわけだが、後悔はない。

 親父の気持ちも、龍輝が生まれた時に分かったしな。

 親父は小さな頃の俺が、親父の方が年上なんだから時雨を継げば良かったのに、と言ったことに対して、さっきみたいな話を分かりやすくしてくれた。

 しかし、それすら多分、付属的な理由に過ぎなかったのだ、と龍輝を見て理解したからだ。


 あいつの才能は、生まれた時から飛び抜けていた。

 その身に宿る真気の量、清冽さ、圧力……。

 今まで見た誰よりも、才能を感じ、これが生まれつきの当主の器なのだろうと納得したのだ。

 親父に尋ねれば、辰樹のオヤジを見た時に同じ気分になったという。

 ただそれでも、嫉妬や怒りに呑まれなかったのはやはり、可愛い弟が生まれたというか感情も強かったかららしいが。


 そして、その点については俺も同じだった。

 強力な力を持って生まれた、小さな小さな従兄弟。

 将来、俺なんぞよりも遥かに強く大きくなるだろう存在に、俺は嫉妬する前に、未来にぶつかることになるだろう多くの障害のことが心配になった。


 というのは、俺は別に嫉妬なんてしなかったが、他の誰もがそうであるなんてとてもではないが、言えない。

 むしろ、時雨家というのは、北御門一門の中でも最上位に数えられる家の一つだ。

 親族分家筋も多く、もしもその当主に不満があれば、引き摺り下ろそうとする人間には枚挙にいとまがないくらいである。

 主家の立場を、当主の座を自らのものに、という欲には尽きることなく、それに対抗していくのが、次期当主の人生というものだ。

 それを、こんな小さな赤子が担わなければならないのかと、そう思ったのだ。


 だから、俺は決めた。

 俺がこいつを守ろうと。

 親父が、辰樹のオヤジに対してそうしていることを、俺も俺に任じようと、それこそが雨承の家の男の生きる道なのだと、そう決めた。

 

 その結果、と言えばいいのかどうか。

 のちに龍輝、と名付けられたその従兄弟に対して、俺は常にいい兄貴分であろうと心がけたからか、龍輝は俺によく懐き、将来は俺みたいになりたいとか、いずれ婆娑羅に自分も入れてくれとか、北御門本家で行われる《気置きの儀》についてきてほしいとまで言うようになった。

 俺を超えるのとか、婆娑羅に入るとかはまぁ出来なくはないが、流石に北御門本家で行われる伝統ある儀式に無理に参加は出来ないので断らせてもらったが、その時の龍輝はだいぶ悲しそうだったのを覚えている。

 とはいえ、いずれは独り立ちしなければならない立場だ。

 そのためにも少しずつ、俺から離れても平気な時間を過ごしてくのがいいだろうと思っていた。


 ただ、そんな心配など大していらなかったようだ、と最近は思っていた。

 というのも、龍輝の口から、最近よく、北御門本家のご令嬢、咲耶様と、そして高森家の長男である武尊の名前を聞くようになったからだ。

 幼稚園で同級らしく、まぁ気術総合学院に通ってるならそうなるのは当然だなと、俺もまた高等部にいるので思ったが、それ以上にだいぶ仲がいいらしく、最近では常にその三人で一緒にいるという。

 子供とはいえ、気術士というのは、いや、子供だからこそ、他人の真気には敏感になりがちで、無意識的に他の子供は龍輝の側によるのを避ける傾向があった。

 それなのに、平気な顔で友達をやっている二人について、俺が気になったのは言うまでもない。

 だからこそ、今回はその顔を見てやろうと、幼稚園が休みになったついでに高森家にきてみた。

 本当は義姉さんが龍輝と来る予定だったが、俺が立候補すると、義姉さんも仕事で忙しいらしく頼めるなら頼むと言って仕事に行ってしまった。

 そして、実際に俺は二人に会って、一緒に遊ぼうと誘い、遊んでいるのだが……。


 これは、遊びか?

 いや、断じて違うだろう。

 今は、そう深く思っていた。


 何せ、目の前で繰り広げられているのは、高度な気術戦だからだ。

 強力な式神が、高速度で戦いを行っている……。

 目にも止まらぬ速さなのはもちろんだが、それ以上に見たこともない気術理論が使われている。

 まず、俺はそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る