第50話 婆娑羅
……まぁ。
裏庭に降りて来た龍というのが邪龍でないというのなら、いいのではないだろうか。
ひいては俺に大した責任もないという話に……。
そう考えたところで、美智から視線が飛ぶ。
そしてその視線の言いたげなことを、俺は理解してしまった。
流石は、前世において俺の妹だっただけのことはある。
(……お兄様、何か知っていますね? 報告を受けていないのですが、後できっちり聞かせていただきますからね?)
そういうことである。
前世から可愛い妹ではあったが、怒るとまぁ怖いんだよな……。
滅多に怒らない温和な性格をしているだけに、貯めに貯め込んだものが爆発したときの恐ろしさと言ったらないのである。
こんなことならしっかりと裏庭を浄化したことを伝えておけば良かった、と心底思うが、もう後の祭りとしか言い様がない。
はぁ……後でしっかり怒られるとするか。
俺が覚悟を決めて頷くと、美智はにっこりとした、しかしちょっと怖い笑みを俺に向けて何度も頷いたのだった。
「……それにしても、最近かなり妖魔の出現が多いが、北御門家の方では何か把握してねぇのか?」
零児が難しそうな顔で真面目なことを尋ねる。
この感じでも彼もまた、世の安寧を守る気術士の一員であることがよく分かる。
これに美智は、
「今のところは特筆した情報がないわね。ただ、気になることはあるわ……各地の気術士たちからの報告をまとめると、どうも鬼系統の妖魔の出現が特に多いのよ。鬼に何か、あるのかもしれないわ」
「鬼か……となると、五十年前の妖魔の首魁のことが思い起こされるが、復活でもしたか?」
妖魔は大抵、より強力な妖魔に従属する。
そのため、強力な妖魔が出現すると、比例して低級な妖魔の数も増える傾向が見られる。
今回は鬼の妖魔が増えているから、強力な鬼と言えば、ということで零児はあの妖魔の首魁のことを思い出したのだろう。
ただ、俺は本人から話をしっかり聞いているが、あいつは別に妖魔の首魁でも何でもないみたいだったし、また、他の妖魔を従えているとかそんな感じでもないようだった。
あいつが復活したところで、というのは思う。
そして決定的なのは、あいつは俺に転生の機会を譲って消えたと言うことだ。
この事実については美智にも話しているので、彼女もまた知っている。
けれどそのことについては容易に誰かに語れることではないため、美智は零児の言葉に少し考えてから、
「……あの妖魔の首魁を封じている結界は、そう簡単に破壊できるものではないわ。五十年を経てなお、あの島には近づけないのだもの。それにあれだけの結界が必要なほどの鬼が現れているには、少しばかり被害が少ないのよね。まだ地域の気術士で十分対処できているから。
「あ? まぁ、多分な。俺は下っ端だからそこまで詳しくは知らねぇが……」
急に出てきた単語に、俺は気になって尋ねる。
「婆娑羅会ってなあに?」
これには美智が、
「……あぁ、そういえば昔はなかったわね……」
とぼそりとつぶやき、しかしそれは俺以外の耳には届かなかったようだ。
零児が言う。
「婆娑羅会ってのは、気術士家門の若手の自治組織だな。龍輝みたいな、家を継ぐことが確定してる奴はそうすりゃいいが、家の次男三男とか、俺みたいな分家の人間になってくると気術士としての立ち位置が難しくてな……って、三歳にするような話じゃねぇか。まぁともかく、妖魔を相手に出来る実力はあっても、飼い殺しみたいな立場になってる奴らが大勢いて、そういうのを集めて、突撃よろしく突っ込んでく若いのの集団って感じだな」
……なんだかあれだな。
暴走族感あるな。
いや、やっていることは善行なので問題はないのか。
しかし言われてみると、前世においてもそういう立場の人間は多かった。
俺だって考えてみればまさにそうだしな。
家を継ぐのは美智に確定していたから、俺の身分は浮いていて、将来どうなるか、あのままだと何も展望はなかった。
まぁ、それでも北御門家は直系の長男一人くらいなら余裕で養えるから、部屋住みよろしく、雑用をしながら普通に生きていけただろうし、美智も許してくれただろうが、もっと下位の家になってくるとそういうのも厳しいことはすぐに推測できる。
零児もそういえば長男ではなく、次男だったか。
となると、家にずっと居続けるわけにも行かず、いずれは独り立ちを、ということになるだろうが、気術士の独り立ちというのは難しい。
そういう人間のための受け皿としての組織が、婆娑羅会、ということだろうか。
婆娑羅、とは、遠慮なく好き勝手振る舞う、という意味合いの言葉だ。
家や気術士の決まり事に対して、遠慮なく好き勝手に、という意味を込めたのかな。
この組織と、四大家のような既存の気術士組織との関係が気になるが……。
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