第49話 事情
「……噂の?」
俺がその枕詞に首を傾げると、零児は言った。
「龍輝の奴が、家じゃお前の事ばかり話すからな。それに親父や
あぁ、なるほど、と思った。
あの場にこの零児はいなかった。
基本的に《気置きの儀》は本人とその直系、そしてその配偶者のみが出席するため、あの場所にいた時雨家は龍輝と、龍輝の父である辰樹、それにその妻の
まぁ時雨家くらいの立場なら、零児も出席したいと言えば出席できただろうが、そんなところで我が儘を言っても仕方のない話しだしな。
それに、親族での《気置きの儀》は一門全体のそれとはまた別に行ったりするものなので、無理に出る必要はない。
ただ、今回については咲耶と俺が特殊な事件を起こしてしまったからな。
あの場所にいたというのはちょっとした話の種になるような立ち位置になっているのだろう。
そして、零児は辰樹からその時の話を聞いたのだろう。
「うーん?」
俺は零児の言葉に、よく分からないなぁ、という顔で首を傾げる。
普通ならいたいけな三歳児がそんな顔をしたら、追求を諦めるものだ。
けれど、俺の予想に反して零児は結構押しの強い青年だった。
「……おい、お前……猫かぶってやがるな?」
……お?
これは……鎌をかけてる?
いや、俺には分かる。
こいつは何か確信しているな。
うーん、マジでどうしたものかな。
煙に巻くような事ばかり言い続けても良いんだが、こういうタイプは意外にしつこいのだ。
どことなく、前世に俺を殺した三人のうちの一人、東雲家の重蔵を思い起こさせる。
あいつもしつこい男だったからなぁ。
どこか野卑な雰囲気や、そのくせ妙に鋭いところ、野性的な勘をもって、冷静に判断を下すその性質。
似ている。
ただ……あいつのような邪悪さは、こいつには感じない。
全部話すわけにはいかないが……。
「偉い人いっぱいだから、ちょっとくらいは被るかも?」
とりあえずこの程度にしておく。
「……ははぁ。まぁ気持ちは分かるぜ。俺もババアの前だといつも通りには振る舞えねぇしなぁ……。お前とは気が合いそうだ。後で話そうぜ。龍輝も一緒に」
どうも気に入られたらしい。
するど、
「私の許嫁なのですから、私も同席します!」
咲耶がそう言う。
「おぉ、悪い悪い。別にのけ者にしようってわけじゃねぇんだよ。というか、咲耶、お前のことも気になってるしな。子供四人で話そうぜ。大人がいると話しにくいことも結構あるからよ」
「それならいいです」
*****
「……そうそう、幼稚園のことなのですが」
場所を移して、客室に皆を通し、光枝さんがことりことりとお茶を置いていく中、母上がそう切り出す。
幼稚園から電話で話を聞いたにしろ、実際に今後どうなるか気になっているのだろう。
「あぁ、そのことね」
ずず、とお茶を啜りながら美智が受ける。
「もう聞いてると思うけど、小龍……おそらくは、子供の水龍が裏庭に降りて陣取っているらしくてね。もうすでにうちの方で、聖獣医師を派遣しているわ。でも、どうも警戒心が強いみたいで、触れさせてくれないようなのよ」
聖獣医師は、気術を扱える医師職の一種だ。
主に、妖魔や聖獣などの治療を行う存在で、こういった場合には重宝される。
数は非常に少なく、なれる人間もかなりレアだ。
それだけに、四大家ほどの一門でも、数人程度しか抱えてないのが普通である。
だからその派遣は滅多に行われることはない。
ただ、龍についてはそういう存在を派遣しても惜しくないほどの存在だと判断したのだろう。
友好的な龍と関係を築いておけば、後々、気術士にとって必ずプラスになるからだ。
高位の龍になってくると、一門の長クラスであっても勝てないようなものが存在する。
それが龍という生き物だからだ。
「おいおい、それで大丈夫なのか? 幼稚園が更地になったら、ガキ共が悲しむだろ」
零児がちゃちゃを入れるような口調で言う。
ただし内容はまともなものだ。
見た目や雰囲気より優しい男のようだな。
「あの幼稚園建物は南雲家の手が入っているからね。たとえ龍といえど、子供に破壊されるほどでは……ないわ」
子供に破壊されるほどでは、で微妙に美智が口ごもった時、彼女は俺に一度視線を向けていた。
お兄様ならぶっ壊すんでしょうねぇ、とでも言いたそうだった。
いやいや、俺は幼稚園壊したりなんかしないから。
むしろ守る方だぞ。
一年前だって鬼から守って……って、そういや裏庭に龍が降りてるって言ってたな?
もしかして俺が浄化したあそこか。
確かにあそこなら、聖獣が怪我を治したり休むのにちょうどいいどころだろうから……。
つまり、龍があそこに降りたのは、俺のせいか。
そこまで考えたところで、それを裏付ける情報を美智が言う。
「おかしいのよね。竜生幼稚園の作りは特殊だけれど、裏庭については普通の場所だったはずなのに、いつの間にか聖域化してたみたいで……。まぁ、聖域に陣取るような龍だもの。邪龍ではないのは明らかだから、心配はそれほどないんだけどね」
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