第45話 術具の基礎
「……術具作りは、主に三つの要素で構成されています。一つが素材とその形状、二つ目が気術回路と気術陣、最後の一つが実際の製作作業になるね。まぁ、さらに細かく分けることは出来るし、人によってはさらに工程が増えたりするんだけど、大まかにはと言ったところ。分かるかな?」
四歳の幼稚園児にはどう考えても理解出来ないだろう、という説明をしている夢野先生だが、奇妙なことにここにいるメンバーは全員がしっかりとその説明を理解していた。
以前……一年前だと、夢野先生も幼稚園児向けにかなりかみ砕いた、分かりやすい説明を心がけてはいたのだ。
しかし、徐々に俺たちがそれこそ大人にするような説明でも難なく理解するということを知り、今のような感じに落ち着いた。
もし分からなくても、尋ねれば良いだけだし問題ない。
ここにそれを躊躇するような性格の人間はいない。
事実、咲耶が手を挙げて尋ねる。
「……一つ目ですが、素材とその形状、とおっしゃいましたけど、すでに二つなのではありませんか? 二つ目もそうですが……」
これに夢野先生は苦い顔をして、
「……まぁ、厳密に言えばそうだけど。というか揚げ足取りやめてよ……先生、立場なくなっちゃう」
「それは失礼しました。ですが気になりましたので……」
「いや、いいよ。まぁ確かにその疑問も最もだしね。でも他に言い様がなくて。一つ目については、たとえば……そうだね。人形を作ろうとした時、まずその人形の形に素材を形成するでしょ? その場合、私が作ってる布の人形とかぬいぐるみ、陶器のでもいいけど、そういうもの作ろうとしたときは、素材選びと形状の選択がある。でも、最も原始的な術具の形状は、素材そのままなの」
「……ふむ、なるほど。そういうことですか」
今の説明もまぁわかりにくいと思うが、咲耶はそれで概ね推測がついたらしい。
夢野先生はそれに呆れた顔をして、
「……分かっちゃったの?」
「……あぁ、いえ。詳しくは……でもなんとなく」
「説明してみてくれるかな?」
「では僭越ながら……先生のおっしゃる、原始的な術具。これは我が家にもございますが、巨龍の鱗をそのまま使った盾が存在します。この場合、鱗をなんら加工することなくつかっていて……つまり、形状選択の余地はありません。素材そのまま使っている、ということで……その場合、一つ目の要素としては素材の選択だけする、ということになる。つまりはそういうことかと……」
すらすらと語る咲耶に夢野先生はがっくりとしてから、
「……まさにその通りだよ。他の二人も今ので分かった?」
俺と龍輝に尋ねる。
「俺は分かりました。龍輝は……」
「俺もギリギリ大丈夫だぞ! 最初からそこまでは想像できなかったけど……」
三人の中で、最も子供らしい雰囲気を残している龍輝は少し残念そうだ。
だが、俺から見れば随分と可愛いもので、俺は龍輝の頭に手を乗せて言う。
「咲耶はちょっと賢すぎるからな……。気にする必要はない」
「そうか? そうだな!」
落ち込みからの復活も早く、龍輝はすぐに顔を上げる。
「……続けるよ?」
夢野先生がそう言ったので、俺たちは頷いて先を促した。
「素材・形状の選択の次……二つ目は気術回路をどう通すか、その設計になるね。メインになる素材の他に、回路の材料となる素材によってもどう設計するかは違ってくるから、ここはとっても難しいよ。というか、ここが術具作りの肝だね」
「あれ、気術陣って奴はどうなったんだ?」
龍輝が首を傾げると、先生は言う。
「このどう気術回路を通すか、というところで考えなければならないのが、気術陣だよ。たとえば……」
そしてホワイトボードに簡単な図形を描く。
円の中に三角形と、いくつかの梵字が書かれたものだ。
「こういうものだね。これだけで、燈火という気術陣になるんだ。ほら、真気を通すと……」
ぼっ、と、ホワイトボードの気術陣から少しだけ離れたところに、小さな火が点った。
それは夢野先生が真気を注ぐのをやめると、すぐに消えた。
「……あんな変な絵だけで、火が出るのか!」
龍輝が嬉しそうに言った。
きっとまだ家では気術陣について学んでいないのだろう。
あれを学ぶには、どうしても気術の基礎を固めないといけないからな。
龍輝はまだそこまでいっていない、と家の人間は判断しているのだろう。
実際には既にいっぱしと言っても良いくらいに基礎はできあがってはいるのだが、その力量を龍輝は家では見せてないのかもな。
求められなければ、見せようもないし。
ただ、いずれ気づくだろう。
それだけの能力を、すでに龍輝は持っているのだから。
「変な絵じゃなくて、気術陣ね。これは気術士にとっては重要なものだよ。気を練り、陣を描き、魔を滅ぼす。端的に気術士の仕事を表す言葉と言われているね。聞いたことあるでしょう?」
昔から言われる諺だ。
まぁ本来はもっと仰々しい言い方なのだが、分かりやすくそう言っているのだな。
夢野先生の授業は続く……。
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後書きです。
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