第44話 一年

「……もう私に教えられることはないね。困っちゃったよ。本当なら三年間で身につけてもらうことだって言うのに、たった一年で……いや、一年もかからなかったってのが事実なんだけどさ」


 嘆息するようにそう言ったのは、我らが副担任の夢野先生であった。

 俺たちが幼稚園に入園してから、すでに一年の月日が経過していた。

 その間、妖魔が幼稚園を襲うことはあの時以来一度としてなく、安心して幼稚園生活を送れている俺たちだった。

 ただ、俺にとっては少しばかり退屈だった。

 何せ、妖魔から素材をガッポガッポ剥ぎ取る予定だったというのに、その妖魔が来ないのだから。

 そのため、残念ながら俺の手元にある素材は、あの時の鬼が落としていた霊石一つだけだ。

 これすらも倒したときに炭化してしまっただろう、と思っていたが、浄化した後しばらくして、咲耶が裏庭に行ったときに見つけてきた。

 咲耶はこれがなんなのか、俺や龍輝に尋ねてきたので、俺が素直にあの時の鬼が落とした霊石だろう、という話をしたら俺に渡してきた。

 俺としては確かにあの鬼を倒したのは俺だけれども、すっかり気づかずに放置していたのだから、発見者である咲耶が持っていて構わないというか、もうすでに彼女のものだろうという感覚だったのだが、咲耶は倒した俺のものだと言って譲らなかったので俺の手元にある。

 ただ実際のところ、これだけ持っていても作れるのはせいぜい、それなりの護符──アミュレットくらいなので、今のところ使い道がない。

 いっそ、本当に護符でも作るかな。

 ペンダントトップにして、咲耶にあげればちょうどいいのではないだろうか。

 あまり装飾品をつけるタイプではないので、気に入るかどうかは謎だが、そこはどうでもいいし。

 ただ、それにしたって、ペンダントチェーンか革紐が必要なので、もう一つ何か素材が欲しいところだが……しっかりと妖魔素材や霊物を使った方が効果が上がるんだよな。

 しかしそれを言うなら、ペンダントよりもチョーカーみたいにした方が良いか?

 しっかりと肌に触れていた方が効力は上がるし……。


 そんなことを考えていると、


「……武尊くん、聞いてる?」


 と、夢野先生が少し憤慨した様子で話しかけてくる。

 そうだった、彼女の話の途中だった。


「あー。聞いてます、聞いてます」


「本当かなぁ……君のごまかし方は、なんていうか子供っぽくなくて、大人が適当に聞き流してるときに似てるんだけどなぁ……?」


 夢野先生が鋭いことを言ってくる。

 というか、ここ一年で、彼女に対しても地に近いところを色々出してしまっている。 

 そのため、俺の異常性にも、どこか気づきつつあった。

 それでも咲耶や龍輝という、本当の意味での天才、異常な存在がいるためか、名門の子供というのはこんなものなのだろう、と思っている節もあって、助かっている。

 転生者だ、なんてこともバレようもないので大して問題はない。

 そもそも、俺からすれば、いくら名門出身だからと言って、咲耶や龍輝みたいな奴がそうポンポン生まれてくると思ったら大間違いだ。

 ここ一年見ている限り、二人は気術のみならず、頭脳の方も通常の子供の成長から明らかに外れている。

 それでも龍輝の方はまだギリギリ普通、と幼稚園入園当初は言えたが、どうも俺や咲耶と生活する中で、俺達側に順応してしまった。

 おそらく、元々素質もあったのだろうが……。

 まぁ、将来のことを考えると、優秀な味方は多い方がいいから構わないのだが。

 ただ俺の目的に賛同してくれるかどうかはなんとも言えないところだが……いや、二人とも北御門一門だし、それがないがしろにされたという事実があれば分かってくれるか?

 そう期待したい。


「そんなことはないですよ。先生の気のせいでは?」


「その言い方がすでにね……まぁいいか。君たちの世話は凄く楽だしね。私のやることがないという一点を除けば」


 そう言いながら、咲耶と龍輝を見る。

 二人は今、先生から渡された人形を操っていた。

 一年前とは明らかに異なる挙動で、高速で戦っている。

 夢野先生からもう教えることがない、とたたき込まれ始めた人形術を使っているのだ。

 本来、気術士の家系に伝わる技術というのは中々、他人に伝えられることはないが、基本を全て身につけた俺たちに、もう他に教えられることはないからと、仕方なく教えてくれたのだ。

 そもそも夢野家の人形術は、日本の気術士の技法だけでなく、西洋魔術からも色々と技術を取り入れて独自に発展させたものらしく、普通の気術士にはまず、理解できないものらしい。

 なのだが……。


「なんで私より人形操るのうまいのかな……?」


「先生は複数操れるし、人形自体にも色々仕込めるじゃないですか。俺たちは本当に一体を操れるだけですから違いますよ」


「……慰めてくれてる?」


「いえ、正直な気持ちです。そもそも、術具を俺たちは作れませんから……」


「あぁ、それはそうだよね。人形自体は私が作ってるし。そうだなぁ……年中さんになったら、気術そのものじゃなくて、術具作りでもやる? 副担任は私が継続してやるから、その辺融通利くよ? でも、普通の気術士の家だと、術具作りはあんまり好まれないかな……」


 言いながら、引っ込めようとした夢野先生だが、それに俺は、


「いやっ! やりたいです! なぁ咲耶、龍輝!? お前らもやりたいだろ!?」


 と言うと、二人とも、なになに、とやってきて俺と夢野先生の話を聞くと、


「やりたいです!」


「俺もやりてぇ!」


 と賛成した。

 二人にこの一年、術具の重要性をすり込み続けて良かった。

 そう心底思った俺だった。

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