第42話 頭隠して
「……後は、浄化か……。確かこんな感じだったよな……」
鬼の瘴気によって穢された裏庭を浄化しなければならない。
妖魔退治は倒せばそれで終了というわけではないのだ。
しかし、浄化の術式を、俺は前世において使ったことがない。
これは言わずもがな、体外に真気を放出することが出来なかったためだ。
ただ、今世においてはそれも普通に出来るから……。
「……お、いい感じじゃないか……?」
無理だったら夢野先生でも呼びつけて、なんか変な感じがする!とか言ってなんとかさせようと思っていたが、やってみると案外出来るものだ。
浄化のやり方は、瘴気……鬼の妖気によって変質した空気を元のものへと分解・再構成するというのがメジャーで、本来であれば霊符を使って行うのだが、そんなもの当然今の俺は持っていない。
術具作りは割と得意なのだが、そのためには色々と素材が必要だ。
三歳のこの身に、そんなものを集めるのは中々難しいから、術具は全然作れていないのである。
墨ですら特殊なものが必要だからな……あぁ、さっきの鬼から素材とか採っておけばよかったかも、とか今更思う。
妖魔は人類の敵であるが、同時に貴重な素材を提供してくれる存在でもある。
だからその全てが滅ぼす対象かと言われると少し違うのだが、その辺りはかなり方便的な説明をすることが多い。
たとえば、霊泉を守る龍なんかがその代表格なのだが、あれは妖魔ではない、とされる。
霊獣とか聖獣とか言って、妖魔というカテゴリ自体から外れているとするのだな。
かなり苦しい説明というか、恣意的にも程があるだろう、と思うのだが、そういうことになっている。
なぜそんなカテゴリ分けをしているかといえば、人間に有用な存在だからで……。
結局、妖魔といえども、人間にいいように利用されているという悲しい事実がある。
まぁ、そういった霊獣の類いだって、人間にただで利用されてやるほどお人好しではないというか、簡単な存在でもないのだが。
ともあれ、そういう存在からも貴重な素材が得られるのだが、当然俺が欲しいと言って簡単に手に入れられるわけもない。
値段も層だし、貴重でもある。
三歳の子供に、はい、とあげられる品ではないのだ。
美智にねだれば普通にくれそうではあるが、それもなんだかな、という気もするし……。
まぁ、いずれは手に入れられる時が来るだろうし、なんなら今日みたいに妖魔を倒して手に入れるというのもありだ。
今日はちょっと自分の力をよく把握できてなかったので、一撃で消滅させてしまったが、普通にやればその素材を残しておくことは出来る。
というか、あんな消え方は通常、妖魔であってもあまりしない。
遺体は残るし、そのために、遺体ごと浄化するのが普通なのだ。
その際に必要な素材を採るのである。
「……さて、そろそろいいかな? いや、やり過ぎたか……?」
そんなことを考えながら浄化作業をしていたからか、少しばかり空気を綺麗にしすぎた気がした。
先ほどまであった瘴気は完全に分解され、裏庭には清浄な空気が満ちている。
清浄すぎると言っても良いほどだ。
ここにいるとなんだか肺の中まで綺麗になっていくような気がする……。
聖域化してないか?ここ……。
まぁいいか。
別にそうなったところで、悪いことはない。
せいぜい、妖魔が入り込みにくくなるくらいのものだ。
後は、気に入った霊獣、精霊の類がやってくるかもしれないというくらいで。
「……それで、と。お前ら、いつまで隠れてるつもりだ?」
一通りの作業が終わってから振り返ると、建物の影に人がいるのが見えた。
隠れているつもりなのだろうが、頭隠して尻隠さずというか、体が半分見えている。
誰かというと……。
「……ご、ごめんなさい……」
「武尊……悪かったって……」
咲耶と龍輝くんがそこにいたのだった。
聞き分けいいなというか、うまく言いくるめられたと思っていたがまるで気のせいだったらしい。
そりゃそうだ。
あまりにも不自然に受け入れすぎてたもんな、この二人……。
どうやら俺についてきていたようだ。
それにしては真気の気配が感じられなかったが……今も微弱だ。
これは……。
「いつからいたんだよ、二人とも」
「武尊さまが、あの鬼と戦っているところから見てました……」
「そうそう、お前ってスゲーのな! っていうか、今更だけど、いつもとしゃべり方違くね?」
そんなことを言う二人。
なんと、そんなところから見られていたとは。
全て見られてしまったのだな。
これは、まずい気がする。
……記憶を消すか……?
そう思って手を掲げる俺に、二人は少しびくりとして、後ずさりかける。
しかし、そんな二人の怯える表情を見て、こんな子供にすることでもないな、と思った俺は、手を下げた。
すると二人とも安心したように息を吐く。
どうも、この二人は勘も鋭いらしい。
気術士として、色々な意味で才能に満ちているよな……前世の俺とは大違いで羨ましい。
とはいえ、今日会ったことをあとで言いふらされるわけにもいかない。
俺は二人にしっかりと釘を刺すことは忘れない。
「……まぁ、のぞき見してたことは許してやるよ。でも、今日のことは誰にも言うんじゃない。あぁ……咲耶はお前のおばあさま……美智には言っても良いぞ」
「え?」
「あの人は俺のことをよく知ってるからな。ただし、両親でも言っては駄目だ。美智だけだぞ」
「は、はい……」
「あと龍輝」
もう君付けはやめだ。
「お、おう」
「お前も咲耶と俺、それに……まぁ会うことがあればだが、北御門の当主以外に今日あったことは言うな。いいな?」
「あ、あぁ……なぁ、やっぱり性格違くないか……?」
「こっちが俺の地なんだよ……もうお前に遠慮もしないから、そのつもりでな」
正直、僕とか言うのはもう疲れつつあった。
前世での小さい頃の口調があんな感じだったので、ある程度成長するまではあの感じで行こうと思っていたのだが、まどろっこしすぎて……。
鬼に相対するときの態度も見られているし、今更だろうと思ったのだ。
だから俺としては、もう仮面をかぶるつもりはない、と言うくらいのつもりだったのだが、龍輝はこれに少し嬉しそうにして、
「……おう!」
と返答したのだった。
「そ、それでさ。さっきの鬼のことなんだけど……お前って、つえーのな!」
龍輝がそう言った。
続けて咲耶も、
「そうです。あれほど戦えるなんて……」
と言ってきたので、毒を食らわば皿までと俺は説明する。
「腕にはそこそこ自信があるんだよ。特に剣術はな……でもあそこまでさっくりやれるとは思ってなかったが。少しどこかで練習してみないと、次やるときは怖いな……」
「そうなのか? 一撃だったし、別に良いと思うけど」
「いや、妖魔の素材が欲しいからさ。存在まで消滅させてしまうと勿体なくて……って、分かるか? 術具作る素材が欲しいってことなんだが」
「俺はまだ作ったことないな……咲耶は?」」
「私は簡単なもの……筆でしたら、おばあさまと作ったことがあります。武尊さまは、術具をお作りになりたいのですか?」
「まぁ、いずれはな。術具作りは楽しいものだ。自分の身一つでは出来ないことも、術具があれば色々と楽に出来たりする……。まぁ今のお前らには難しい話かもしれないが覚えておくと良いぞ。どうにも術具作りは気術士の世界では軽視されやすいからな。特別な儀式で使う者以外は、職人に任せるのがほとんどだし」
「う、うーん? 分かった」
「私も承知しました」
二人が頷いたので、俺も頷く。
それから、ふと気になったことを尋ねる。
「そういや、お前らの気配が薄いんだが……もしかして、真気を制御してるのか?」
そう、これが気になっていたことだ。
鬼と戦っているとき、というか裏庭にやってくるとき、二人の気配に気づけなかったのは、二人の真気が極度に小さく抑えられているためだ。
しかしこれはそれなりに高度な技法で、そう簡単にできることではないはずなのだが……。
俺の質問に答えたのは、咲耶だった。
「ええと、制御?してるかどうかは分かりませんが、武尊さまは真気のある場所を読めるので……それを出来ないようにしようと、出来るだけ、小さくしてみました……頑張ったら出来ました!」
続けて龍輝も言う。
「俺は咲耶を真似したんだ! 結構簡単に出来たぜ!」
「……そうか。すごいな」
本当に凄い。
かなり簡単に言っているが、これは《断気》という技法で、気術士が気配断ちに使うやり方の一つだ。
極めれば目の前にいても存在に気づけないほど気配を希薄に出来る。
流石に今の二人はそこまでではないが、ある程度距離を取れば、真気を読めてもそこにいると中々察知出来ないレベルにはある。
咲耶は……そもそもが天才だから、まぁ簡単にやってしまったのだろうというのは分かった。
龍輝の方は……おそらく、体内の真気の扱いに長けているのだろう。
あとは、俺が気脈を整えてやったのもかなり利いているだろうな。
元々、真気が通りにくい体質だった龍輝だ。
しかし、俺が整えた気脈が馴染み始めて、その体質もかなり改善してきているのだろう。
そして、真気が通りにくい体で努力し続けた故に、今の状態だと通常よりもかなり楽に体内の真気を操れるようになっているのだと思われた。
つけていた養成ギブスを外した状態にあるみたいな感じだな。
これはかなりこれからの成長が期待できるな……。
ただ……。
「まぁ、今日のことはいいが、これから先、あんまり真気を隠して行動するのはやめろ」
「どうしてですか?」
「大人がお前達を見失うからだよ。そのやり方だと、大人でも探すのは難しい」
「……おばあさまでも?」
「美智は別だ。ただ咲耶の両親くらいだと多分厳しい。そして、迷子になってる子供は妖魔に狙われやすい。もしも、お前達が今日俺が戦ったような鬼と、一対一でも勝てるというのなら構わないが……無理だろう?」
「……悔しいですが、私には無理です」
続けて龍輝も、
「俺だって無理だぜ」
そう言った。
「分かってるなら、真気はこれから隠すな。いいな?」
俺の言葉に二人は頷き、それを確認した俺は最後に言う。
「よし。じゃあ今日のところはとりあえずさっきの部屋に戻るか。そろそろ先生達も来るだろうしな」
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