第41話 鬼
しばらくその部屋で過ごした後、今度はまた別の音が鳴った。
今度は穏やかな音楽で、それが鳴った後に部屋の扉が開く。
「みんな、ごめんね~。もう大丈夫だよ。今からクラスに戻ってもらうから、もうちょっとだけ待っててね~」
夢野先生が顔を出し、そう言った。
俺たちは夢野先生に連れられ、元のクラスの教室に戻った。
ちょうど休憩時間で、みんなが急にいなくなった俺たちに興味を示すかと思いきや、特にそんなこともなかった。
どうしてなのか、と首を傾げていると、夢野先生が俺の耳元で、
「……結界が作用しててね。みんな不自然に思わないようになっているの」
そう言った。
なるほど、と思う。
流石に記憶を消すほどのことをすれば問題になってくるが、多少の認識阻害であればそれほどでもない。
まぁこれもあまり長い間やっていると問題が出てくるし、そもそも気づかれる可能性も出てくるが、今くらいの時間なら十分だと言うことだな。
それからは、普通に時間が流れ、帰りの時刻になった。
やはり、俺たち気術士の子供は最後の方になりがちで、先に帰っていく同級生達を見送ることになった。
やっぱり、どうしても親が激務になるから迎えも中々、というのは大きい。
それにここは気術士たちの創設した幼稚園だから、その辺りの理解もあるのだろうな。
とはいえ、我が家や北見門家、それに時雨家にはメイドのような役割を担ってくれる人がいるから、ここまで遅くなるのも珍しいが……。
今日はいつもよりどうも、来るのが遅いのだ。
普段、最後になるのは、放課後に週一度ある授業の時に残ってても不自然に思われないように、との配慮なのだろうが、今日はちょっとオカシイ気がするな。
そう思っていると……。
「あっ、みんな。申し訳ないんだけど、今日のお昼頃に入った部屋にもう一度入ってもらえるかな?」
夢野先生がそう言って教室に入ってきた。
どうやらまた妖魔が出たようだが、その詳細は教えてくれない。
部屋に押し込められた俺たちは退屈な時間を過ごす羽目になったが……。
……あぁ、これは。
そう思った。
見れば、咲耶が怯えている。
多分、気配を感じ取ったからだろうな、というのは理解できた。
「……分かる?」
咲耶に尋ねると、彼女は頷いて、
「……はい。
「だよね。大人達は……遠いか」
「少し遠くにも気配があります。そっちにかかっているのだと……」
「となると……行くしかないか。はぁ……」
俺が立ち上がり、部屋の扉へ向かおうとすると、
「ど、どこに行くのですか?」
「武尊?」
咲耶と龍輝くんが尋ねる。
どこに行くのか、それははっきりしているのだが、二人に言うのも問題だと思った俺は、
「トイレだよ。漏れそうで」
そんなことを言った。
すると二人ともあからさまに安心した表情で、
「早く戻ってくださいね」
「早くしろよなー」
そう言ったのだった。
才能ある気術士とは言っても、まだまだ子供だ。
このくらいでも言いくるめられるから楽だな。
そう思いながら、部屋を出た俺は、目的の場所に向かって走り出した。
気配は……幼稚園の裏庭の方だな。
そこそこの大きさの妖魔が、そこにいる。
俺はそいつを倒すつもりなのだった。
*****
「……ガァ?」
裏庭に辿り着くと、やはりそれはいた。
「……低級の鬼か。いや、中級になりかけているか……?」
人間のように二足歩行しているが、頭には角が生えている、赤黒い肌の化け物がそこにはいた。
これこそが、一般的な鬼だ。
俺が転生させてもらったような鬼は、かなり珍しい……その上、相当高位のものにしかいない。
通常の鬼に、人化能力なんてない。
しかし……。
「……妖気はかなりのものだな。さっさと倒さないと、浄化も難しくなる。すぐに終わらせてもらうぞ」
鬼は妖魔の中でも強い。
たとえ下位のものであってもだ。
だからこそ、見つけたら即座に倒すべきとされている。
前世の俺だったら……まぁ逃げるしかなかっただろうが、今の俺なら……。
俺は地面に落ちていた木の枝を広い、そこに真気を注いだ。
「……鬼神流《
木の枝を振りかぶり、身体強化によって鬼との距離を一歩で詰め、そして振り下ろした。
すると、鬼の体を木の枝が軽く通り抜けるような感触がし、
「……えっ」
と、俺は驚く。
あまりにも軽すぎる感触だったからだ。
しかし驚いたのは鬼も同様のようで、唖然とした表情が俺の目に映った。
けれどそれも一瞬のことで、木の枝が通り抜けた後、鬼の体は真っ二つになり、そしてその切れ目からボロボロと黒く崩れ落ちていく。
「ガ、ガァァ……」
と断末魔の悲鳴を上げる様は、いっそ哀れに見えた。
そおして、鬼の存在すらなかったかのように消えてしまうと、そこには何事もなかったようにいつもの裏庭の風景が広がる。
どうやら、俺は鬼を倒せたようだ。
しかも、一撃で。
実際にはもう少しかかると思っていたのに。
「……あの鬼に教わった剣術、強すぎないか……?」
そう思った俺だった。
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