第35話 友人

 顔合わせ、と言っても大した内容ではなかった。

 先生である御影聖美、それにもう一人副担任らしい夢野景ゆめのけいという、これまた若い女性だった。

 立場や雰囲気的に、御影の方はベテラン、夢野の方は新人といった感じだな。


 ただ、意外なことに夢野は気術士だった。

 静謐な真気が感じられ、結構な実力者のように思える。

 子供に対しては接し方がまだまだのような感じだが、気術士の幼稚園教諭というのは、いきなり普通の気術士が任命されるのだろうか?

 だとしたら恐ろしいが……。

 まぁ園児達の安全を守るという意味ではそこらの警察官がうろついているよりも頼りになるんだけどな。


 ともあれ、この二人の先生が、これから一年間俺たちのクラス《星組》の担任・副担任としてやっていくらしい。

 その説明の後には、全員が自己紹介をし、まぁなんとなく名前を把握した。

 そして折り紙が配られ、体験授業みたいな感じでこれからの幼稚園生活を想像させるような作業を課せられる。

 御影が前の方で折り方を説明し、夢野が教室を巡回しながら。

 

 そんな中、俺は隣を見る。

 そこには一人の少年がいて、少しばかり調子が悪そうだった。

 実のところ彼の顔に俺は見覚えがある。

 《気置きの儀》で一番最初に儀式を終えた、龍輝くんである。

 名字は時雨しぐれだ。

 時雨家は北御門一門の中でも上位の家で、龍輝くんはその継嗣に当たる長男、と言う情報はすでに仕入れている。

 そんな彼が調子悪そうなのは……。

 うーん、これは、真気が乱れているな。

 《気置きの儀》で真気を扱う術を学び始める、気術士だが、ここからしっかり扱えるようになるまでは、結構不安定な時期なのだ。

 体内の真気が乱れやすく、今の龍輝くんのように調子を崩しやすい。

 まぁ、暴走して大爆発、みたいなことにはまずならないのだが、あまり放置しておくのもかわいそうだ。

 そのままにしてても、いずれ夢野が気づくか、家に戻ってから家族に調整して貰うのだろうが……。


「……ねぇ君」


「……え? なんだ……?」


 少し苦しそうに、ひそひそとした声でそう返答してくる龍輝くん。

 《気置きの儀式》の時は神妙そうな表情をしていたが、こうして見ると、若干やんちゃそうな雰囲気がするな。

 そんな彼に俺は言う。


「調子、悪いんでしょ? 先生呼ぶ?」


「……ほっとけ。これは、先生になんとか出来るもんじゃ……」


 そう言った龍輝くんの耳元に口を寄せて、俺はささやき声で、


「真気、乱れてるんでしょ?」


 そう言った。

 すると龍輝くんは目を見開いて、


「……お前!? お前も……?」


「まぁね。僕ならなんとか出来るけど……信じる?」


 俺はそう言って、龍輝くんに手を差し出す。


「お前が? でも……」


「いいから、ほら」


 強引に手をひっつかみ、そして体内の真気を無理矢理整えていく。

 若いから気脈も流動的というか、完成されていないな。

 ちょうどいいからそれも良い感じに調整しておこう。

 強い気術士は多くても損しない。

 やり過ぎるとバレるから、適度なところで抑えておくが。

 これ以上は自分で頑張れ。


「はい。治った?」


 そう言って手を離し、尋ねると、龍輝くんは自分の体を確かめるように手を開いたり閉じたりしてから、呆然とした表情で言った。


「……治った。なんで!? 親父でも簡単じゃなかったのに……」


 あれ、そうなのか。

 言われてみると、龍輝くんの中の真気は干渉するのにちょっと抵抗を感じたな。

 体質か。

 でも、俺は自分の体内のまったく言うこと利かない真気を無理矢理動かし続けた前世があるので、むしろ懐かしいくらいの感覚でしかなかった。

 ただ、言いふらされるとこれは困る、とも感じたので、俺は龍輝くんに言う。


「僕が治したの、内緒にしてね?」


「……なんでだ」


 嘘なんてつくわけにはいかない、とでも言いたげな表情で龍輝君が言った。

 それに俺はもっともらしい理屈をつけて言う。


「力、勝手に使ったら怒られるでしょ?」


 これには龍輝くんも納得のようで、


「確かに……」


 と頷いた。

 たとえ《気置きの儀》を超えても、大人の気術士は子供に自分のいるところ以外では真気を使うなと言うことが多い。

 危険だからだ。

 さらに俺は念を押す。


「それにほら、治ったんだからそのお礼に」


「……お礼は別にする。お前のことも、言わない。お前、名前は?」


 どうやら大分律儀な性格らしい。

 それにしてもなぜいきなり名前?

 さっき自己紹介の時に名乗ったのだが。

 まぁ一応言っておくか。


「僕? 僕は高森武尊。君は龍輝くんでしょ?」


「俺の名前……」


 自己紹介を覚えているのが意外だったか?

 いや、彼自身が覚えてなかったから、みんなそういうものなのかな。

 まぁ、名前を覚えてた理由は別なので、そちらに言及する。


「僕も、この間、一緒にいたから」


 もちろん、《気置きの儀》のことだが、一般人に聞かれても困る単語なので言わないでおいた。

 

「お前、あそこに……でも名前聞いたことが……あっ、最後の一人の……?」


「そうそう」


「そうか、お前が……分かった。じゃあ武尊、俺のことは龍輝と呼んで良いぞ」


「え?」


「俺もお前のこと、武尊って呼ぶ」


「別に良いけど……」


「友達な!」


「……うん」


 母上、どうやら俺には友人が出来たようです。

 心配しすぎる必要はなかったかもしれない。

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