第33話 幼稚園の名前

「あぁ、そうだったな。一般人も来るって言うと……どこで気術を学ぶんだ? 目の前で教わるわけにはいかないってことだろ」


 俺が気になったことを尋ねると、美智は答える。


「ええ、それはその通りです。なので、基礎的なことは主に家で学ぶことは昔と変わりませんね」


 それでは以前とほとんど変わらないではないか。

 そう思って俺は尋ねる。


「それじゃあ学校なんて意味がないんじゃ……」


 しかしこれに美智は首を横に振って答える。


「いえ、特別な授業がいくつか組み込まれて、その中で教えますので。それに気術士には常識が大きく欠けていると昔から言われていましたから、そこを改善するためという目的も大きいので……」


 これにはなるほど、と俺も思って言う。


「……確かにそれはあるな」


 気術士は昔から、その教育のほとんどを家で受ける。

 そしてそれを終えれば過酷な戦いの中に身を投じることになる。

 そのため、一般的な表の世界に触れることが少ない。

 結果として、腕っ節の異様に強い常識知らずの集団ができあがる。


 これはもちろん、一般人からすれば恐ろしいことだ。

 けれど彼らは気術士たちの存在を認識することはない。

 なぜと言って、気術士たちが妖魔相手に行った戦いの跡や被害などは事後処理を担当する部署によって跡形もなく修正されるからだ。

 これは、建物などの破壊に留まらず、人々の記憶まで及ぶ。

 気術士相手には記憶障害などを引き起こしやすい忘却系の術も、一切の抵抗力を持たない一般人相手にはまずそのようなことが起こらずにその記憶をいじれるのだ。

 もちろん、それでも限度はあるのだが。


 そんな風に好き勝手している気術士に、常識など期待できないのは当然の話だが、流石に現代においてはそれを問題だと捉えているらしい。

 まぁ、スマホを始め、電子機器の発達も著しい今、そういうものが少なかった昔ほど証拠隠滅も楽ではなくなっているのだろう。

 しっかりと常識を知り、どの程度のことをやったら基本的にまずいのか、ということを理解しておくことは、現代の気術士にとっては重要だろうからな。


「しかしそうなると、やっぱり俺は普通の幼稚園児として生活の大半を過ごす羽目になる訳か……」


 色々考えるとゾッとする話だ。

 まずどのように振る舞えばいいのかまるで想像がつかない。

 子供らしく歌でも歌っていればいいのか?

 成長した精神でそれをやると言うのは……。

 かといってあまり静かに振る舞いすぎて、異常だと思われるのも問題だ。

 どうしたものか。


「まぁ、そうなりますね……。ですけど、たまにはいいのでは?」


「なんでだよ」


 美智の言葉に突っ込むと、彼女は少し考えてから言う。


「前世、お兄様はそういう生活を少しもされずに最後まで駆け抜けられましたから。平凡な学生生活というのも、悪くはないのではないかと」


「……それは美智もだろ」


 北御門家のような家に生まれれば、誰しもそうなる。

 将来は一門全体を引っ張っていく立場になることが期待されるため、そのために人生のほとんどを捧げることになるからだ。

 それは、落ちこぼれでしかなかった俺にしても、美智にしても、同様だった。

 

「私はこうしてこの年まで生きていく中で、それなりに楽しいこともありましたから。ですけどお兄様は……」


 考えてみれば、美智は俺が死んでから五十年生きて来たのだ。

 その中には大変で辛いこともあっただろうが、同時に楽しいこともたくさんあったはずだ。

 しっかりと北御門の家のトップとして君臨していて、子供も作り、また孫までいることがわかっているだけに、余計に。


「……そうか、楽しかったか。良かった……俺はなぁ……今は割と悪くない生活だからな。両親もいい両親だし、こうして美智とも会えたし。血が繋がっているとは言えないが、甥やその妻、娘にまで会えてるわけだしな」


 普通なら、死んだ後にそんなものが待っているはずなどない。

 俺は復讐を目的にこうして転生しているが、それ以外にも得られたものはすでにたくさんあるみたいだな、と改めて思った。

 だからと言って、復讐しない、とはならないが。

 それとこれとは別だからだ。


「そう思っていただけて、私は幸せです。あぁ、そういえば、咲耶ももちろん、同じ幼稚園に通いますから、同級生になりますよ」


「え? って、そりゃそうか……同じ気術士だもんな……」


 気術士の子供全員がそこに通うのかどうかは分からないが、少なくとも創立に関わった四大家の子供は通うのだろう。

 俺だって、北御門一門の一員だしな。


「そういうことです。咲耶はかなり楽しみにしているようです」


「幼稚園を?」


「幼稚園に、お兄様と通えることがですよ。お兄様も中々隅に置けませんね」


 そう言われても、俺としては困惑するばかりだ。

 そもそも……。


「美智……っていうか、いいのか? 一応俺の又姪なんだぞ、咲耶は……」


 本来なら、婚約とか結婚とか、そんなこと出来る間柄ではない。

 法律上は問題ないのかもしれないが、それでもなかなかな。


「と、申されましても。今は別に血が繋がっているわけでもないですからね。北御門一門はそれぞれの家で縁を結んできた家の集合なので、全く血の繋がりがないわけではなく、一応親戚とは言えますが、それくらいですし」


「魂はお前の兄なんだが」


「そんなもの、誰にも証明できません」


 随分ときっぱりとした物言いに、俺は、


「……お前、もしかして俺に咲耶と本当に結婚してほしいのか?」


 美智の考えを推測して尋ねると、美智は少しばかりの沈黙の後、嘆息したように言った。


「……まぁ」


 これは意外で、俺は驚いて尋ねる。


「なぜ」


「そうすれば、現代のお兄様とも縁が結ばれるではありませんか」


 切実とした色の感じられる言葉に、俺は意外に思う。


「別に咲耶と結婚せずとも、縁はあると思うが……」


 普通に俺を北御門一門の高位術士として取り立ててくれるとか。

 お抱えの術具技師として雇ってくれるとか。

 色々やりようは考えられるだろう。

 そもそも、美智は北御門一門のトップなのだから、強権を発動したっていい。

 誰も文句は言えないはずだ。

 けれど美智は言う。


「お兄様の気持ちがそうでも、私の立場が中々それを表だって言えるようにはしませんからね。けれど咲耶と結婚すれば、別です。問題は咲耶の気持ちでしたが、あの子もお兄様を憎からず思っている様子」


「それもまた不思議なんだが……なんで懐かれたのか」


 北御門本家に来るたび、咲耶は俺の後ろをついて回ろうとする。

 呼ばないと、なんで呼ばなかったのかとちょっと不機嫌になる。

 それでもあまり表に出さないように努力してる辺り、北御門の令嬢としての教育を感じるが。

 

「お兄様の魅力は、北御門の女なら皆、分かりますよ。幼稚園でもきっと、おモテになられることでしょう」


「幼稚園児にモテたってしょうがないんだが……。その幼稚園のことなんだが、そういや一般人も通うなら、気術学院とかいう名前は……?」


 そのまま使ってたら、なんだ気術って?となるだろう。

 これに美智は、


「それでしたら、表向きには別の名前ですね。幼稚園については……竜生りゅうせい幼稚園と」


「一貫した学院、ということすら表向きにはない話なのか?」


「そうですね。知っているのは気術士だけです」


「また面倒くさい仕組みなような気がするが……」


「人の世で身を隠すのは面倒なものなのですよ。まぁ、経営母体が同じですから、そういう意味では調べれば分かることですが、別にそんなのは珍しくもありませんしね」


「なるほどなぁ……」

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