第30話 虚空
許嫁が出来た。
そうは言っても、俺の生活はそう多くは変わらない。
ただ、発表されたときの周りの反応は凄かったようだ。
なぜ下位の家に過ぎない高森家の息子と、北御門本家のご令嬢が婚約を結ぶようなことになるのだと。
しかし、そういった批判も《気置きの儀》において咲耶や美智を庇った子供が、まさにその高森家の息子だと知れ渡るや、なるほどそういうことなら納得できると小さくなっていったようだ。
結局あの《気置きの儀》では、俺の儀式が行われることはなく、名前も呼ばれることはなかったからな。
一応、招かれた家には誰が《気置きの儀》に参加するのかは書いてあったらしいが、あの事故の中、冷静にそのことを思い起こして、最後に残った一人が俺だった、と考えられる人間は少数だったわけだ。
そもそも、一門において、下位の家のことなど気にしている人間は少数だ。
まぁ、だからこそ後であの時の人物が俺だ、という話が与えた衝撃も大きかったようだが。
それと、咲耶と許嫁になって良かったことは、俺は比較的気軽に北御門本家に来られるようになったことだな。
許嫁なのだ。
当然、頻繁に会いに来るのは何もおかしいことではない、と言い切れるようになった。
ただ、本来の目的はもちろん、咲耶に会うことではなく、美智に会うためだな。
これは、肉親だったから、というのもあるが、俺の力について色々と把握するには、やはりそれなりの設備がないと厳しいからだ。
高森の屋敷で気軽に術を発動させて家を吹き飛ばすわけにいかない。
そこのところ、北御門本家には武道場やら修練場やらと、そういった設備には困らない。
美智がトップであるから、その使用についても他の誰の許可も不要だ。
だから非常に助かることだった。
「……やっと気術の修行が出来るな……」
北御門本家、修練場で俺がそう呟くと、美智が言う。
「修行を何もせずに術具の爆発から身を守れる程度の身体強化を発動できるのがそもそも驚きですが……前世にしたと言えばそうなのでしょうけど」
この場にいるのは、俺と美智だけだ。
両親は今日、北御門家には来ていない。
高森家からは、北御門家の運転手付きの車の迎えが来て、それに一人で乗ってきた。
何度かはそれに両親かそのどちらか一方が乗っていたのだが、だんだんと一人でも大丈夫そうだという方向に話を持って行った。
両親も気術士としての仕事があり、そうできるのであれば都合が良いだろうとも。
父は当然のこと、母も俺を生む前には仕事をしっかりしていた。
俺がある程度成長するまでは休むつもりだったらしいが、もう俺も三歳である。
普通なら目を離せる状態ではないだろうが、俺の場合、大人と同様の判断力があるから問題ない。
そのことを、うまいこと刷り込み続けた。
家でのことはそもそも光枝さんがいるから、そういう意味でも、母が絶対に家にいなければならないというわけでもないのも大きかった。
そんなわけで、両親は山に芝刈りと洗濯に……というわけではなく、気術士としての仕事に出ているのだった。
そんなことを考えつつ、俺は美智に言う。
「身体強化系だけは前世の俺でもまともに発動させられたからな。強化率とかはひどく低かったけど」
「それだけでなく《虚空庫》もでしょう? 今はいかがなのですか?」
そういえばそれがあった。
忘れがちなのは、前世以来、一度も発動させていないからだ。
使えば便利なのだが、一度使うと横着して頼るようになってしまう術でもあるからな……。
まぁ、でも、もう今となっては使わない手はないだろう。
「あれはうまく気を扱わないと外に気配が漏れるからな。今まで使ってこなかった。でも、ここでなら……」
「ええ。ここの外に、気の気配は漏れません。そのように設計している建物ですから。それに、たとえ漏れたとしても、私がいますからね。私がやった、と言えば誰も何も言わないでしょう」
「ありがたい限りだ。じゃあ試してみるか……。《天地よ いまひととき その身を
色々と不安だったので、正式詠唱を唱える。
これでも、他の家門に比べれば非常に短い呪文だ。
もちろん、呪文だけでなく気脈への気の長し方とか、気術円の形状とか、色々とこつはあるが、今は良いだろう。
俺の詠唱に答えるように、真気が流れ、虚空に気術円が形成される。
それは空間に固定されたように消えず、俺は術がしっかりと発動していることを理解した。
《虚空庫》の術は、初めて発動させるときが非常に難しいというか、この時点で内部空間が固定される。
後で作り替えることも可能なのだが、結構面倒くさいのだ。
そのため、この最初の一回は細心の注意を払ってするものだが、俺にとっては慣れたもので、気負いはなかった。
事実、その気術円に手を突っ込んでみると、肘までがずずいと入っていき、まるで消えたようになる。
しかし見ている美智も特に不安そうではない。
これは別に腕がなくなったわけではなく、気術円の向こう側の空間……《虚空》へと入っているだけだからと知っているためだ。
《虚空庫》の術は本来、中に手を入れると、中に一体何が入っているのか直感的に分かる。
だが、今の俺は何もそこには入れてないから……?
「……ん?」
「どうかされましたか、お兄様」
美智が首を傾げて尋ねてきたので、俺は彼女の方に顔を向けつつ、答える。
「いや……なんか、中にものが入っているようなんだ」
「なるほど……これはもしかすると、私が以前申し上げた通りかもしれませんわね」
「あぁ、《虚空庫》は、魂と紐付けられているから、生まれ変わっても内部のものは保持されてるかも、とか言う話か。確かに、俺は死ぬ前にここに色々ものを入れてたし……今、手を突っ込んで見て理解した物品も、俺が前世で持っていたものばかりだな」
「亡くなっても、魂さえ無事なら、《虚空庫》の中身は保たれる。やはり本当だったのですね……。しかしそんな情報が残っているということは、誰か他にもお兄様と同じような経験をした者が、過去いたという事かしら?」
「俺は別に選ばれし者ってわけでも、才能にあふれていた存在だったってわけでもないからな。歴史に名を残すような気術士達の中には、俺のような経験を、自らの力のみで実現してしまった人はいそうだな……ただ、少し不思議なこともある」
「とおっしゃいますと?」
「いや、《虚空庫》の中に入ってるものは、確かにほとんど俺の知ってるものなんだが……」
「ええ」
「一部、俺が入れた覚えの全くない品がある。これってどういうことだと思う?」
美智が、目を見開いた。
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