第29話 特殊な力

「……咲耶、あなた……どうしてそう思うの?」


 美智が思わずそう尋ねると、咲耶は答える。


「だって……たけるさまは、おばあさまの気を纏っていますから……」


 ふと咲耶が口にした言葉は、意外なものだった。


「え?」


 この言葉には、美智が驚いていた。

 その理由は明確で、別に美智は俺に気を纏わせたりしていないからだ。

 もちろん、気術の中には、他人を補助するための術があり、その場合は真気を他人に纏わせるような使い方になる。

 しかし、美智は俺に対してそのようなことはしていない。

 する必要がないというのも勿論だが、そこまで頻繁には顔を合わせていないので、そんなことをする暇もないというのが事実だ。

 暇があったところでやらないだろうとは思うが。

 美智がそんなことをするより、俺が自分で気術を訓練した方がいいからだ

 けれど、咲耶は言う。


「近くで見てみたら、たくさんのおばあさまの真気を感じて……ですから」


 口をとがらせてそう言う姿は、まるきりすねた子供である。

 結局、彼女が俺に対して嫉妬をしていたのは明らかなようだった。

 美智の気……?

 少し考えて、あぁ、と納得がいった。


「もしかして、これ?」


 そう言って、腰から短刀を手に取る。

 しっかり鞘に収められているが、これは美智が作ったものだ。

 それを見た咲耶は頷いて、


「あっ、すごいおばあさまの気が……」


 と言う。

 

「確かにこれは美智さまの作ったものだから……」


 ここからの気を感じ取っていたというのなら、確かに納得である。

 でも、ちょっとおかしいのは、俺が纏っている、という表現だ。

 別に美智の気を纏ってはいない。

 短刀から感じるというのなら理解できるが、そういうニュアンスではなかったような。

 事実、咲耶は言う。


「そうなのですか……うらやましいです。でも、それ以外にも、おばあさまの気、感じますよ?」


 この台詞は、本当に分からなかった。

 短刀以外に、美智の気など俺に宿っているはずがない。

 だから俺は尋ねる。


「え? どこに……?」


「どこって……ぜんぶでしょうか……?」


 そう言って俺の体を見る。

 つまり、俺の体から、美智の気が漏れている?


「いや、そんなはずは……」


 首を傾げていると、咲耶も同様にして、うーん、と言いながら俺の方に近づく。

 子供らしい、恐ろしいほど距離感の近いところまでやってきて、それからパッと目を見開き、


「あっ! ちょっと違うかもしれません!」


 などと言い出した。


「違うって?」


「おばあさまの気だと思ってましたけど……少し、匂いが違いました」


 この言葉に、俺は驚く。

 気の匂い。

 それを感じ取ることが出来るのは……。

 俺が美智に視線を合わせると、彼女も納得したような表情をする。

 そして、美智は改めて、咲耶に尋ねた。


「咲耶、あなた、もしかして真気の匂いが、分かるの?」


 すると咲耶は答える。


「……? はい。人によって、匂いが違いますよね、真気」


 これを聞いた、美智以外の大人達の表情は見物だった。

 この力は、気術士の中にあってなお、特殊なものだからだ。

 少なくとも、ここのところ確実に持っていると知られているのは、美智しかいない。


「……まさか、咲耶にそんなことが出来たとはね……」


 隼人がそう言い、続けて紗和も、


「義母殿から引き継いだか……本当にこれは将来有望だな。しかし、それだけにそう簡単には明かせないぞ」


 と続ける。

 さらにうちの両親も、


「我々が聞いて良かったことなのでしょうか……?」


 父上がそう呟き、母上も、


「……こう、忘却の術などを使われては……」


 などと言い始めている。

 忘却の術はあるにはあるが、失敗すると重篤な記憶障害などが起こる可能性があるのお出、あまり推奨されない。

 まさか美智も使えとは言わないだろう。

 ただ、美智はみんなに念を推すように言う。


「……そんなことはしないけれど、でも、みんなこのことはしばらくここにいる者達だけの秘密よ。咲耶も、真気の匂いや気配がよく分かることを、人には言っては駄目」


「どうしてですの?」


「それは、貴女以外に出来る人が、私しかいないから。知られれば、危ない目に遭うわ」


「そうなのですか……?」


「ええ。だから、ここにいる人たちだけの内緒。約束できる?」


「……はい!」


「良かった。こうなると、ここで分かって良かったわね。つくづく、武尊ちゃんにはお礼を言わないと」


「えーと……」


「咲耶との許嫁も、受け入れてくれる?」


「……はい……」


「咲耶もそれでいいのよね?」


「はい!」


 なんとか無しの方向に持って行きたいところだったが色々な事情がそうはさせなかった。

 まぁ、いいか……。

 あ、そういえば……。


「……僕の《気置きの儀》って……?」


 結局気絶して出来なかったわけだが、この場合、俺は北御門の気術士として認められないのだろうか?

 あれは一応、そういう意味合いのある儀式でもあるのだが。

 そう思って尋ねると、美智が言う。


「あぁ、そうよね。でも既にやったようなものだしねぇ……」


 そう言って、美智の短刀を見る。

 まぁ確かに。


「どういうことですか?」


 気になったのか、咲耶が尋ねると、美智は言った。


「咲耶の真気も大きいけど、実は武尊ちゃんの真気はもっと大きいのよ。だから、なにか大変なことが起こったらまずいと思って、練習をしてもらったの。この短刀は、そのときにあげたのよ」


「だからおばあさまの気が感じるられるのですね……」


「そういうこと。別に極端に武尊ちゃんに目をかけてるわけではないわ」


 どちらかというと、兄である俺よりも、孫である咲耶の方が可愛いだろうし、嘘ではないだろう。


「でしたら、私勘違いしてました! 申し訳ないです……」


 咲耶がそう言ったので、俺は、


「いや、いいよ……それより、これからは仲良くしようか」


 そう言って手を差し出すと、咲耶はその手を握って、


「はい!」


 と満面の笑みで言ったのだった。

 俺に、許嫁が出来た瞬間だった。

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