第28話 咲耶の気持ち
「……あの、美智さま? これは一体……」
困惑して俺が尋ねると、美智も少し戸惑ったような表情をしながら、
「……ええとね。今回のことで、武尊ちゃんは結構な傷を負ったわけでしょう? だから、何かお詫びをという話になったのだけど、紗和がね。やっぱり傷物にした相手に対しての責任の取り方は、古来より決まっていると言って……」
そう言った。
そんな美智に俺はため息をつきながら言う。
「それで?」
若干詰問調の尋ね方になってしまったのは致し方ない。
三歳児が出すには冷たすぎる声色になってしまったが。
流石の美智も、これはあんまり良くなさそうだ、と気づいたらしい。
前世、俺が美智に対して不機嫌をあらわにすることはほとんどなかったからなぁ……。
なんか悪いことしたかも。
美智が先を言うべきか迷っている美智だったが、紗和が空気を読まずに言った。
「うむ。傷物としてしまった相手への責任の取り方とはな、簡単だ。結婚することだ……とはいえ、武尊、君も、うちの咲耶もまだ三歳だ。法的に結婚することはまだ出来んからな……とりあえず、婚約という形に収めておくことにしたのだ。わかりやすく言えば、許嫁、とうやつだな」
「いいなづけ……」
これも三歳児が理解しているかどうか微妙な単語だから鸚鵡返しになる。
どうにか断りたい。
そもそも、俺と咲耶は血縁的に考えて、甥の娘なのだから、
結婚など出来るのか……?
いや、確か、結婚できないのは三親等までだったか。
甥や姪が三親等だから、又姪は四親等になる。
つまり法的には問題がない……?
それを言い出すと、そもそも今の俺は魂はともかく、肉体的には他人だから最初から問題はないのかもしれないが……。
どうしたものか。
迷っていると、紗和がさらにいう。
「なに、気術士の家系に生まれたのだ。いずれ多くの者は許嫁が出来るからな。それが少し早まっただけと思えば大した話でもない。それに、こう言ってはなんだが、咲耶は隼人の次の北御門の主となる。だから、縁談の引き合いがすでに来ていてな……」
若干困った顔をしているのを見て、俺は、あぁ、と少し察する。
紗和もちょっとばかり無理筋というか、無茶な話をしていることは理解しているのだろう。
ただ、今の咲耶にすら大量の縁談が来ていて、だからおそらく、その縁談を断るための言い訳を探していたのだ。
そこにちょうどよく現れたのが俺なのだろう。
建前として、命を救い、また傷物としてしまったために、責任を取るために許嫁とした、といえば、誰も文句は言えない。
あの場で動けたのは結果としてみれば俺だけだったし、他の人間に出来ないことをやったのだと言われれば余計に。
紗和は随分と大雑把そうな性格だな、という印象だったが、思ったより繊細に色々なことを考えている人なのかもしれない。
そして、そんな事情だろうと想像できてしまった以上は……断りにくいな。
いずれ咲耶が成長した暁には、向こうから断ってくるはずの許嫁だろう。
だったら別に、俺としても構わない。
美智が特に止めてないことも、そういう経緯なのだろうという想像が正しいことを示している。
あとは……。
あれだな。
咲耶自信がどうなのか、だ。
素直によろしくお願いしますとか言ってたが、そもそも俺のことが嫌いなんじゃなかったか、この子は。
そう思って、俺は尋ねる。
出来るだけ、三歳児っぽくだ。
「ねぇ、君」
「……? 私ですか?」
咲耶が幼いながらも未来の美貌が約束されたその顔を不思議そうな表情に染めて、首を傾げる。
「そう、君だよ」
「私は、咲耶です。たけるさま」
「……ええと、じゃあ、咲耶……さま」
「さまは要りません。夫婦となる者に、そのような遠慮は」
……なんだ。
随分と前のめりだぞ、この子。
少しプンプンとした表情は子供っぽいが、この状況が嫌というより、様付けなのが気に入らないという様子だ。
俺は改めて、周囲の大人達の顔色をまず窺う。
本当に様付けじゃなくていいの?という話だ。
しかし誰も駄目だという顔をしておらず、俺は仕方なく咲耶の言葉に従う。
「それじゃあ、咲耶」
「はい……」
おい、なぜそこで頬を染める。
《気置きの儀》の時の、鋭い視線と表情はどうした。
分からん……。
「君は、その、いやじゃないの? いいなづけ、とか……よくわからないけど」
本当はよく分かっているが、そういうことにしておく。
その方がいずれ断りやすいから。
けれど咲耶は言うのだ。
「いやではありません!」
強めの台詞だ……。
本気なのか?
「でも、いいなづけって……こう、なんかだいじなことなんじゃ」
「母上がおっしゃるには、将来、ずっといることを誓い合うことだって。私、それならたけるさまがいいです!」
がっつり分かってるじゃん、この子……。
そもそも三歳児に何を教えてるんだ、あんたは、という視線で紗和を見れば、何か満足そうと言うか、胸を張っていて、やはりこの人は単純系の頭かと思い直す。
「怒らないで聞いて欲しいんだけど、君、さっきの《気置きの儀》のとき、僕のことをにらんでなかった……?」
「あっ、そ、それは……その」
「ん?」
「……だからです」
「え?」
「おばあさまに、私より構ってもらってたからです!」
「あー……」
やっぱりそうか、と思うと同時に美智を見ると、彼女の方は意外そうな目つきで咲耶を見つめていた。
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