第27話 ふつつかな

「……武尊ちゃん、武尊ちゃん!」


 遠くから、そんな声が聞こえて、俺は目を開く。

 すると、見えたのは見覚えのある天井だった。

 北御門家の、見慣れた俺の部屋の……。

 

 ふと横を見れば、そこには美智の姿があった。

 懐かしい、あどけない顔立ち。

 確か、今年で十三になるんだったな。

 なんだ、随分と焦って……。

 俺は平気だよ。

 死んだりなんて、しないさ……。


 そこまで考えて、美智、と言いかけたところで意識がはっきりする。

 すると、昔の姿だった美智が、急に年老いて、現在の美智の姿になった。

 あぁ、と思う。


「……美智さま。ここは……」


 そう尋ねると、美智は、


「あぁ、目覚めたのね、武尊ちゃん! ここは……その、部屋よ。北御門家の……」


 そう言った。

 よほど、お兄様のお部屋でしょう、と言いたかったのだろうと思うが、それが出来なかった理由もすぐに理解する。

 ここにいるのは俺と美智だけではなく、両親と、それに咲耶もまたいた。

 彼女の父親である隼人と、もう一人、凜々しい顔立ちの女性もいた。

 彼女こそ、咲耶の母親である紗和なのだろう。

 観察を終えた俺は、布団に横になっていた体を起こす。

 すると、


「……いたた。背中がちょっと痛い……」


 痛みを感じた。

 

「無理しないで、武尊ちゃん。貴方は、術具の爆発に巻き込まれたのよ。それで背中を……。いえ、巻き込まれたというか、私たちを守ってくれたのよね。本当に……ありがとう」


 美智がそう言って頭を下げる。

 妹を守るのは、兄として当然のことであってお礼を言われるようなことではないのだが。

 そもそも、大した傷でもない。

 普通なら刃物の破片が突き刺さったらまぁまぁ大けがだろうが、俺の場合、真気で耐久良く強化をしていたからな。

 ちょっとひっかき傷がついたくらいだろう。

 それでもどうも気絶してしまったみたいだが、爆発の衝撃もさることながら、急に身体強化系の気術を発動させてしまったからの方が大きいな。

 ある程度、身体を鍛えてからやらなければ負担がかかりすぎてしまうことをすっかり忘れていた。

 それでも普通の気術士の持つ真気程度だったら流して問題なかったとは思うが、今の俺は地脈からの真気も含め、大量の気を持っている。

 軽く蛇口をひねったつもりで使ったら、プールいっぱいの水が唐突に噴き出した感じに近かった。

 そりゃ、蛇口の方にちょっとした異常が起こってもおかしくないわけだ。

 これからは気をつけなければ……。


 そんなことを思いつつ、俺は美智に言う。


「あの、美智さま。誰も怪我してないなら、よかったです」


「……そういってもらえると、助かるわ」


 美智は俺の言いたいことを理解しているのだろう。

 すぐにそう頷いて、引いた。

 それから、


「僕の方からも感謝を言っておきたい。武尊くん」


 今度は咲耶の父親である隼人がそう言った。

 彼こそが、次代の北御門の主。

 そして、本来であれば俺の甥っ子になる人だ。

 彼もまた、俺にとっては守って当然の立場の人だから気にはしていない。

 だから俺は言う。


「いいえ、そんな。僕は……」


「謙遜することはない。あの場において、あのタイミングで動けたのは、君だけだった。僕や、母上ですら反応できなかったんだ。それを君は……。一体どうしてそんなことが出来たのか……?」


 首を傾げる隼人。

 これはちょっとまずいかもな、と思った俺は言う。


「ええと、なんだか、あの短刀が少し変な光り方をしてたような気がして……それで」


「む? そうだったのかい? 一応、あの短刀については調べさせてはいるんだが……。あの術具を用意した人間は分かってなくてね。どうやら紛れ込ませられたようなんだ……ってちょっと難しい話かな」


 隼人が実情を教えてくれた。

 といっても三歳児に対して話していると思っているから、大雑把なことだけ言ったが。

 多分、あの短刀は正規のものではないのだろう、ということは、あの壊れ方で俺も推測がついていた。

 本来、真気を込めすぎた術具は、ああいう爆発的な壊れ方をすると言うより、錆びるように、もしくは植物がしおれるように、ボロりと形を崩す。

 あのような爆発をした時点で、あれは異常な品だったと言える。

 もちろん、爆発させるため用の術具とかも存在してはいるが、短刀についてはそんなものであるはずがないのは当たり前の話だからな。

 しかし、北御門の継嗣である咲耶にそんなものを使わせるとは。

 よほどうまく紛れ込ませたのだろうか?

 まぁこの場では聞きにくいので、後で美智に尋ねようと思った。

 そして、咲耶の母親である紗和も俺に話しかけてくる。


「……悪かったな。うちの家族が迷惑をかけたようで」


 思った以上に無骨な話し方で意外に思う。

 

「いえ……」


「だが、助かった。あの短刀の爆発の直撃を受けたら、咲耶の顔にも傷がついていただろう。治癒術でなんとか出来なくはないが……確実ではない。君は、咲耶の女性としての未来も救ってくれたのだ。代わりに君の背中には傷がついてしまったが……なに、責任は取る。そうだな、咲耶」


 そう言って、咲耶の方を見た。


「……ええと、あの……ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします」


 咲耶がそして、そう言って三つ指をついてお辞儀をする。

 ……どういうこと?

 これは一体、どういうこと?

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