第26話 異常

 咲耶が、短刀を手に持つ。

 反対の手を《後見役》である父親の隼人が握った。

 隼人については初めて見たが、二十代後半と思しき、中々かっこいい感じの好青年だな。

 うちの父上とは違って優しげな雰囲気をしており、なんとなくモテそうな気がした。

 うちの父上もかっこ悪いというわけではなく、むしろかなりイケてるのだが、それは抜き身の日本刀のような鋭さで、他人を寄せ付けるような感じではないから……。

 当然、女の人も避けて通りそうだが、ただ遠くから素敵だとは言われそうな気がする。

 よほどの度胸がないと話しかけられなさそうだが。

 ……考えてみると、そんな障壁を乗り越えて結婚したのが母上である薫子なわけで、どちらかというと、ぽやぽやとした雰囲気の母上にそんな度胸があったのは意外だ。

 いずれなれそめでも聞いてみるかな……。


 俺がそんなことを考えているうち、咲耶の真気が、隼人によってゆっくり練られ始める。

 この作業が、やられている方としてはかなりキツいはずだ。

 俺としては記憶の遙か彼方なのだが、初めて他人によって真気を練られた時、感じたのは強烈な異物感だったからだ。

 内臓をかき回されている感じとでも言えば良いのか……。

 父上が後ろについてくれていなければ、そしてそこで励まし続けてくれなければ、多分吐いていたと思う。

 それくらいのものだ。

 普通の三歳児に容易に耐えられるものではないが、やはりそれは気術士として皆、教育を受けてきたのだろう。

 ここまでの八人は皆、耐えきった。

 結果として、みんな疲労困憊でぼんやりとしているが。

 

 咲耶もまた、耐えていた。

 じっとりと冷や汗が吹き出しながらも、必死で。

 偉いもんだよな、と思う。

 現代は、俺の時代とは異なって、色々な誘惑も多い。

 子供は大切にされ、無理に頑張らなくてもいいと教えられる。

 それをよしとする世の中だし、実際、普通はそれでいいのだ。

 ただ、気術士だけは違っていて……。

 こうやって幼少の頃から、厳しい試練に何度も晒されなければならない。

 そうでなければ、妖魔と戦える器とはならない。

 だからみんな、頑張っているのだ。

 咲耶も……。

 まぁ、なんか俺に対する妙な敵愾心も含まれているのかもしれないが、そんな感情であっても、ここでのつらさを耐える一助となるなら、それもまたいいだろう。

 そう思いながら、俺は咲耶の成功を願った。

 けれど……。


 練られた真気は、どうも思った以上に大きい。

 見る限り、美智の……三分の一くらいかな。

 美智のそれは、長年鍛え上げられたもの。

 したがって彼女は自分の真気を自在に操れるが、咲耶はそうはいかない。

 また、親とは言え、自分以外の真気を操るのは大変難しく、それは隼人も例外ではなかったようだ。

 ……いや、咲耶のそれがあまりにも大きすぎるから、だろうな。

 昔の俺のよりは大きくはないが……それでも。

 このままだと、失敗しそうな感じがする。

 どうしたものかな、と思って美智を見ると、彼女は理解して咲耶の額に手を置いた。

 他人の真気を操るには、その他人と身体的に接触していれば良い。

 手を握るのは、繋いでいれば外れにくいのと、気脈の流れが読みやすいからだ。

 別にやろうと思えば、額でも構わない。

 ただしそれには高度な技術が必要だが、美智なら大丈夫だろう。

 そう思って見ていると、徐々に咲耶の真気が落ち着いていく。

 そして、練られた真気が徐々に短刀の方へと流れ出した。

 ここまで来れば問題ない……はずだ。

 事実、真気は短刀の回路を徐々に埋めていき、そしてもうこれ以上は入らない、というところにいたって、


 ──ゴトリ。


 と、咲耶は短刀から手を離した。

 もはや握力もないのだろう。

 がくり、と膝を突いた咲耶を、隼人と美智が撫でて、


「よくやった」


「頑張ったわね……」


 そう呟いた。

 ただ、これは少しばかり油断だったっだろう。

 いや、普通はそんなことにはならないから、気にしなかったんだと思う。

 実際、部屋の中にいた気術士たちのほとんどは、咲耶と隼人、美智の方に視線を向けていて、それ《それ》の異常には気づいてなかった。

 

 それ……つまりは、たった今、咲耶が取り落とした短刀だ。

 それは徐々に発光を強めていき……そして。


 ──パリンッ!


 と、ガラスの割れるような大きな音がして、砕ける。

 けれど、普通の砕け方ではなく、四方八方にその破片を飛び散らせる、爆発のような形だ。

 膨れ上がった圧力を感じて、気術士たちはすぐに反射のように結界を張るが、短刀のあまりにも近くにいた三人には難しいことだった。

 

 だから、破片が咲耶……彼女たちに襲いかかるのは必然。


 そのはずだったが……。


「……え?」


 咲耶が慌てて目を瞑り、音を聞いた直後。

 目を開くと、その前には、俺が立っていた。

 短刀と、咲耶たちのちょうど間だな。

 いやはや。

 間に合って良かった。

 ちょっとばかり短刀が怪しい感じがしたので、すでに俺は真気を練っていたのだ。

 残念ながら、気術はまだ練習してないので前世使えなかったものについては使えないままだが、かろうじて使えたもの……軽い身体強化くらいならまぁ、出来た。

 だから自分自身の耐久力を上げて、破片の盾となったのだ。

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