第25話 《気置きの儀》
「……聞こし
北御門家本家、その屋敷の中にある大広間の中、一門の家が皆集まり、正座してその声を聞いていた。
祝詞を唱えているのは、北御門の主たる美智である。
朗々としたその声には、空間を浄化する真気が込められていて、それを浴びるだけでも寿命が延びる、みたいなことを言っている一門の爺さんとかも、儀式が始まる前には見かけた。
ただ、今回の《気置きの儀》は当然、そんな爺さんとか大人達ではなく、今年三歳になった、もしくはこれからなる子供達が主役だ。
十人の子供が、前の席に並んで座っていて、その中にはもちろん、俺もいた。
その全員の真気を清め、術具である短刀に力を込めやすいようにしているのだ。
ちなみに、その短刀は既に配られていて、横一列に並ぶ子供達の目の前に、真っ白い和紙があり、その上に白鞘に収められて置いてある。
指示があるまで決して触れないように、と事前に言われていて、子供達は緊張に体を固くしていた。
俺はもちろん、非常に気楽な気分だが。
別にこの儀式で万が一失敗したところで、死ぬわけではないからな。
前世ではほぼ失敗みたいな終わり方をしたのを覚えているし、それと比べれば楽勝である。
「……さて。これで場と、皆の浄化は済みました。ここからは《後見役》と共に、短刀に真気を込めてもらいます。そしてそこから、貴方たちの気術士たちとしての人生が始まる……心してくださいね」
唱え終わった美智が、ふっと空気を弛緩させつつそう言った。
しかし最後に付け加えられた一言に、やはりみんな再度緊張する。
それから、美智が手をすっと掲げると、俺たちの後ろからそれぞれの《後見役》が出てくる。
大体顔ぶれ的にはやはり、実の父親が多いな。もちろん、母親の場合もある。
どちらでもなさそうなのは……祖父か、おじか、といった感じか。
もしかしたら義理の父かもしれないが、まぁつまりそんな顔ぶれになるのは昔から変わっていない。
本来だったら、俺の後ろには美智がいたのだろうが、確かにこの段階で美智がついたりしたら嫉妬されててもおかしくはないな。
父上で良かった。
「それでは、こちら側から一人ずつ、真気を注いで貰いますね。さぁ、
俺は列の一番右端にいたが、最初は左端の子からだった。
龍輝というのは、一門の中でも上位の家だな。
とはいえ、列は家の位列で並んでいるわけではなさそうだ。
なにせ、俺の隣には、例の女の子、咲耶がいるからだ。
静かに座っているが、どことなく……なんか圧力感じるな。
ここに入ってくるときも、ちらりと俺に向けた視線には何か怒りというか憎しみのようなものすら感じた。
三歳の女の子にそんなもの向けられるなんて、こんなのは流石に前世ですらなかった珍事である。
というか正直、勘弁して欲しいことだった。
あまりにも悲しい。
ただ、理由はわりとはっきりしているな。
美智は咲耶に、俺に目をかけていることはバレてないみたいな言い方だったが、実際にはすでにバレているということだろうと。
しかし、一体どこで……。
美智は北御門の当主をやっているだけあって、それなりに隠し事はうまいはずだ。
そもそも、昔から、どちらかといえば狡猾なタイプだったから、余計に。
それなのにそんな美智から何らかの情報を読み取ったというのなら、これはすごいことだが……。
三歳児にそんなこと出来るか?
いや、無理だろう……。
ただ、実際にはそうとしか考えられないわけで。
……まぁ、後で調べてばいいか。
それよりも今は……。
「……その調子よ、龍輝ちゃん。頑張って」
美智が、《後見役》の力を借りて真気を短刀に注ぐ龍輝に対して声をかけ続ける。
龍輝は汗だくで、つらそうだった。
後ろに立っている《後見役》の父親も同様だ。
やはり、通常はこれくらい難事なのだよな、《気置きの儀》って。
さっき俺がすんなりいけたのは、俺が自ら真気を動かせるからだ。
まぁ、美智が《後見役》を務めれば、あの龍輝の場合でも、比較的楽に済むだろうが。
それから、十分ぐらいが経過し、龍輝はそこでやっと短刀に真気を注ぎ終えた。
短刀が薄青く発光し、そのことを伝えている。
通常はああいう風になるんだよな。
割れたりせずに。
そして、龍輝は疲労困憊になって、その場に膝を突いてしまった。
美智は彼を撫でて、
「良くやったわ。これで貴方は北御門一門の気術師です。精進しなさい」
そう言ったのだった。
そこから、一人ずつ、同じように儀式をこなしていき……。
そしてとうとう、咲耶のところにまで辿り着く。
「……咲耶。次は貴方ね」
「はい、おばあさま」
「貴女の力は大きい。もしかしたら、ここまでの皆のようにいかないかもしれない。だから、頑張るのよ」
そう言われて、咲耶は、なぜか俺に強い視線を送った後、深く頷いて、
「咲耶は、絶対にやり遂げます。見ててくださいませ」
そう言ったのだった。
……もしかして、俺に向かって言ってる?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます