第24話 美智の短刀

「……うーむ、完璧に砕けていますな。加えて、これには濃密な真気が圧縮されております。素材としても使えるのでは?」


 いくつもの破片に砕け散った短刀の欠片。

 それを美智と共に見聞しながら、父上がそう言った。

 

「そうね……では、持ち帰る?」


 美智がさらりとそう言ったので、父は驚き、


「よろしいのですか!? そもそもこの短刀は北御門の術者が作ったものでは……。買えば元々いくらするのか……」


 そう言った。

 一本数百万はする代物だからな。

 砕けたところで使い道はある。

 だから当然、これは北御門の方で回収すると思っていたのだろう。

 しかし美智は言う。


「構わないわ。元々、壊れたところで気休めのお守りくらいにしかならない程度の出来だったし……武尊ちゃんが真気を注いで、ちょっと別物になったけど。そうね……せっかくだし、一欠片だけもらえるかしら?」


「いやいや、それはもちろん。お好きな欠片をお選びください……」


 そして、美智は控えめに中くらいの大きさの欠片を手に取り、袱紗に包んで懐に入れたのだった。

 残りは同様にして、父上が手に取り、母上に渡す。


「さて、じゃあ今度は、私の短刀を試してみましょう。流石にいきなり壊れることはないと思うけど……」


 美智がそう言って俺を見る。

 その視線の意味は、壊すなよ、だ。

 美智の製作した短刀まで破壊してしまうと、さらに問題になるからだ。

 本番は、あくまで高位術者の作った普通のものの方を、壊さないように頑張ることにするつもりだ。


「はい……」


「あっ、でも《後見役》はやっぱりお父様の方にやってもらおうかしら。その方が……ね?」


 美智が意味ありげな視線を向けて、そう言った。

 考えてみると、そもそも、今回俺の《後見役》を務めたい、という話そのものが、俺たちをここに来てこうやって実験するための方便だったのかもしれないな。

 本番は、始めから父に任せるつもりだったのだろう。

 その方が、俺の希望にも沿うから。

 あまり目立ちすぎたくはない、という希望に。

 いずれ出世を考えるにしても、それはもう少し先でいい。

 

「私が……ですが、制御しきれるかどうか……」


「さっき私がやってみた限り、通常の術者でもなんとか出来ると思うわ。あぁ、もちろん、圭吾さん、あなたの実力を低く見ているわけではないからね」


「それは……ありがとうございます。ですが、そうですか……私が務められるなら、これほど嬉しいことはない……」


「やっぱりやりたかったのね?」


「ははは……まぁ、初めての息子の晴れ舞台ですからな。可能ならば、もちろん。ただ、北御門の当主にその役を務めてもらえれば名誉、と考えていたことも嘘ではありません」


「それならば、結局こうなって良かったかもね……武尊ちゃんの《後見役》を務めていたら、ちょっと面倒なことになっていたかもしれないし」


「はて? と、申されますと……?」


「私に孫がいるのは知っていいるでしょう?」


「あぁ、咲耶さくやさまですな。聡明で、清らかな真気に満ち、また将来はさぞ美しくなるだろうと評判の……」


 この美智の孫の存在は俺も聞いていた。

 なにせ、美智とはメル友の関係だからな。

 最近はメールよりアプリだとか言って、色々スマホに入れるように美智は言うが、俺はまだ慣れないんだよ……。

 ともあれ、そういうことだから、割と密に連絡している。

 今回のことのような、気術士の話となると、直接でないと話せないことも多いけれど。

 そして、それによると、美智の孫、咲耶は俺と同い年の少女で、生まれながらにしてかなりの真気を持っている天才だという。

 真気の扱いを学ぶ前から、すでに真気操作を行っており、北御門家の将来は安泰だとも言われているという。

 ちなみに彼女の両親は健在で、父親が隼人、母親が紗和という。

 美智の子供は父親の方で、紗和については嫁として北御門に来たらしいが、出自は聞いてない。

 隼人はいずれ北御門家当主を継ぐ予定にあるが、気術士家の当主というのは本人が引退を宣言するか、死亡するまではいくつだろうと変わりないため、それがいつになるかは謎だ。

 美智としては早いところ引退したいらしいが、当の隼人よりそれはやめてくれと頼まれているらしい。

 どうもこの隼人は、当主としてふんぞり返っているより、自ら妖魔退治の前線に立ちたいタイプのようで、困ったものだと美智は定期的に愚痴っていた。

 北御門の男ってのは、皆そういうとことがあるのかもしれない。

 俺も似たようなもんだったし、思い返してみると当主だった父上も、結構前に出たがりだったしな……。

 

 美智が、父上の言葉に、


「……それは言い過ぎだと思うけれど、悪くない子なのは確かね。でも、周りに並ぶ人間がいなかったせいで、こう……少しばかり我が儘になりかけてて。私があの子じゃなく、武尊ちゃんに目をかけていると知られれば、ちょっと嫉妬とか向けられそうな気がするのよね……」


「あぁ、なるほど。ですが、子供の嫉妬など可愛いものでは?」


「普通の子ならねぇ……。大きい真気を持った子供には、常に暴走の危険があるわ。これは本来、武尊ちゃんも同じだけど、武尊ちゃんの場合、精神的に落ち着いているからね。咲耶はそうではないわ」


 俺の場合はそもそも精神が子供ではないからな。

 今更、暴走って事はまずない。

 まぁあまりにも切れ散らかしたり、何か精神に傷を負ってしまうような出来事があればまた別だが、それは別に俺に限った話じゃないからな。

 だからこそ、気術士は常に冷静であれ、と言われる。

 

「そういうことですか……。そうなると、やはり《後見役》は私が務めるのが最善ですね」


「そうなるわ。ただ、それでも制御が無理そうなら、私がすべきだけど……まずやってみましょう」


 そして、その後、俺は美智の短刀に真気を注いだ。

 父の力を借りる体だったが、うまいこと誤魔化して自分自身で真気を制御し、注いだ。

 厳密に言うなら、周囲の真気を操り、父が操れる程度に薄めた真気を父に操らせた感じだが……。

 これがうまくいき、美智の短刀は壊れることなく機能した。

 そしてそれを見た美智は、


「これなら、通常の短刀でも問題ないでしょう。注がれた真気も、適正だわ……そうそう、この短刀は武尊ちゃん。貴方にあげるから、持っていてね。儀式では使わないけれど、守り刀にでもして」


 そう言って、短刀を俺にくれたのだった。

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