第22話 術具

「……さて。武尊ちゃん、準備は良いかしら?」


 美智が妹としてのそれではなく、北御門家当主としての視線をこちらに向けながら、そう言った。

 それは俺にある種の覚悟を求めるものだった。

 真気を、このまま使えないものとして過ごせば、おれはある意味では平和でいられるからだ。

 前世の時のように、体外に真気を出せず、まともな気術も扱えない。

 そのように振る舞えば……。

 もしも俺が、今世もまた、北御門家の長男として生まれれば、そのような存在は許されない。

 たとえまともな気術を扱えなくとも、気術士として、前線に立ち続けることを強要される。

 けれど、今の俺は高森家という、北御門一門でも末端に属する家の人間だ。

 今後、美智は高森家を評価してくれるとは言ったが、別にそうだとしても、俺が真気を使えないとなれば、一般人として生きていく道があるのだ。

 跡継ぎは、両親がまた弟か妹を作るでも、他から養子をもらってくるでもいい。

 そういうことが、出来る。

 

 けれどここで明確に真気を使える、と示してしまえば……。

 もはや誰も俺のことを無視できなくなる。

 俺の力は大きい。

 強大な力には、それなりの責任というものが生まれる。

 気術士の責任とは、妖魔と戦うこと。

 この世界の平和を守ること。

 それに尽きる。


 その覚悟はあるのかと、視線で美智は問うているのだった。


「……大丈夫、武尊? 無理しなくても良いのよ」


 母上が、俺の方に手を置いて、心配げな視線でそう言った。

 このまま、子供として両親に甘え続け、一般人として平穏に生きる。

 それはなんて甘美な誘いだろうと思う心がないわけでもない。

 けれど。

 俺はやっぱり、骨の髄まで気術士なのだ。

 前世、何も出来ることがなくとも、妖魔と戦い続けたくらいだ。

 今世の俺にはもっと沢山のことが出来る。

 多くの悲しみに手を伸ばせる。

 そう思えば、答えなど決まっていた。

 俺はまず、母上に、


「大丈夫だよ」


 そう言う。

 すると母上は、すっと手を離し、


「……分かった。頑張りなさい」


 そう言った。

 それから俺は美智に向き直り、


「準備は大丈夫です」


 そう答える。

 美智はそんな俺に、良く出来ました、とでも言うように微笑みかけ、それから手招きした。

 ちょうど、ロの字型の中庭の、真ん中に美智は立っている。

 俺はそこまで駆けて近づいた。

 ちなみに、父上と母上は、外周部分に沿うように立っている。

 そこで見学していよう、というわけだ。


「……では、ここに二本の短刀があるわ。これが術具。ここに真気を込めて貰うの。一本は、一般的……というか、今回の《気置きの儀》のために、北御門一門の高位術者達で製作したものね。そしてもう一本は、私が武尊ちゃん、貴方のために作ったもの」


 美智が、《虚空庫》から無造作に二本の短刀を取り出して、俺に見せた。

 やはり《虚空庫》は便利だよな、とつい考える。

 前世の俺には扱えたもの。

 今世でも使えるとは思うが、まだ試せていない術。

 やはり、早いところ《気置きの儀》を終えて、使えるようになりたいところだ。

 これが使えると、持ち物をほとんど持ち歩かずに済むからな……。

 そんなことを考えながら、美智の取り出した短刀を見る。

 どちらも、良い術具だな、というのが第一印象だった。

 まぁ、それも当然の話で、北御門の高位術者が作ったという時点で、結構な品なのだ。

 普通に購入すれば、このくらいの品でも数百万はする。

 それを、一門の儀式のためとはいえ、何本も用意して無償で提供するのだから、ありがたいことである。

 一門に属さない家だと、自分で用意する必要があるからな。

 気術士の出費が激しいというのはこういうところに理由がある。

 ただ、それでも高位術者が作ったであろうものと、美智が製作しただろうものとの差は、歴然としていた。

 高位術者の作ったものは、内部を走る気術回路もそうだが、デザインもいまいちな感じが強いた。

 対して、美智が製作したそれは、一目見て美術品かと見まがうほど美しかった。

 全体として印象はシンプルなのだが、それでいて完成されているのだ。

 また気術回路もよどみがなく通っている。

 これだけのものを製作できるようになったのだな、と感慨深いものがあった。

 術具作りに関しては、前世でも実のところ俺の方がうまかったからな。

 今だと……どうだろう。

 なんとも言えないところである。

 ちなみに、気術士としては、そこはあまり評価されないので、いくら術具作りに長けていても、俺の落ちこぼれ評価は変わらなかった。

 まぁ……たまに嫌みで言われたけどな。

 職人に転職なされてはいかがですか?とか。

 北御門家に生まれてなければ、それでも良かったが、妖魔退治の最前線に立つことが求められる気術士のトップの家系に生まれて、それは許されない選択肢だった。

 全く、思い出せば思い出すほどに、俺はがんじがらめな前世を送っていたな……。

 今は自由で嬉しい。


 美智は続ける。


「……とは言っても、武尊ちゃんはまだ三歳。真気を込める、と言ってもよく分からないと思うわ。だから、私がそれを助けるの。さっきご両親と話していた、《後見役》というのを私が務めるのね。分かるかしら?」


「……はい」


 言わずとも分かっていることは俺も美智も理解してるが、これは両親に怪しまれないために必要なことだ。

 本当なら俺には《後見役》すらも必要ないだろう。

 なにせ、武具に真気を込めるやり方は知っているのだから。

 前世でもやった。

 体外に真気を流せないから、やはり得意ではないにしろ、手に持った武具については、自分の身体に近い存在になるから、なんとか出来たのだ。

 ただ、戦闘にどれほど扱えるかという微妙だった。

 武具に流した真気は、それを刃に沿わせるように武具の外にも放出しなければならないのだが、そちらはほとんど出来なかったからだ。

 つくづく、気術士として終わってたな、と思う。

 まぁ、今回は流石にそういうことはないだろうが、何にせよ、短刀に真気を流すのは問題ない。

 だから、頷いた俺に、美智は言う。


「じゃあ……まずは、こちらの普通の方から試して貰うわね。刃は良く切れるから、気をつけて持って……」


 そして、高位術士が作った短刀の方を渡して来た。

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