第20話 美智の提案

「……失礼いたします、美智さま。高森家の方々をお連れしました」


 広い本家屋敷の中をしばらく歩き、たどり着いた部屋の障子の前に正座して、案内してくれた上位術士がそう言った。

 障子の向こうには大きな、しかし親しみを感じる真気の気配が一つある。

 これについては誰だかはっきりしていて……。


「あぁ、ありがとう。お通しして」


 美智の穏やかな声がし、上位術士が障子を静かに横に開いて、俺たちに頭を下げ、


「どうぞ、お入りください」


 そう言ったのだった。

 

 *****


「良く来たわね、三人とも。これから《気置きの儀》だというのに、お呼び立てして申し訳なかったわ」


 美智はまず、そんな謝罪から入る。


「いえ……そんな。ですが、何かご用でしょうか? もし何かあるのでしたら、薫子を通じてお話をいただくのが定番となっておりましたが……」


 父上がそう言う。

 ここ二年の間、美智との連絡はそこそこしていたが、大体が母上を通してのものになっていた。

 母上は、美智の主催する茶道教室に通っており、そのため、怪しまれることなく交流を深めることが出来るからだ。

 わざわざ父上の方に話を持って行くと、いくら一門の結束は固いとはいえ、低位の家に目をかけすぎではないか、みたいな嫉妬心が浮かぶ人間もいる。

 ただ、奥方達の交流であれば、当主達は何も言えない。

 その理由は……まぁ推して知るべしというか、泣く子も黙る気術士の当主達でも妻には勝てないと言うことだな。

 最近では気術士の当主にも女性が増えてきているとはいえ、やはり大半は男性だ。

 これは別に差別ではなく、妖魔との戦闘が大きな任務であるが故に、体力的な問題で男性の方が向いていたという事情による。

 ここ最近だと、気術の技術の発展もあって、女性でも十分に戦えるようになったから増えているわけだな。

 そういう意味で言うと、美智とか、西園寺家の景子とかは例外中の例外だ。

 まぁ西園寺家は歴史的に四大家の中でも女性の力が強いから、また違うのだが。

 初代が唯一、女性だった家なのである。

 

 ともあれ、そんなわけで通常、美智と高森家の連絡は母上を通じて行うのが基本だったが、今日はわざわざこうやって呼びつけたわけだ。

 これは珍しいことだった。

 ただ、こればかりは仕方がないと言うことを、俺は知っていた。

 俺はすでにスマホで連絡されていたからな……。


 美智は言う。


「今日に関しては他に方法がなかったのよ。事前に伝えても良かったのだけれど、周りに耳がある中で話すのもちょっと問題があったし……かといって、高森家に訪ねるのも難しくてね。ほら、この《気置きの儀》で、みんな縁談とか考え出すでしょう? ここのところ、そういう相談とか多くて……。時間も取れなかったのよ」


 ほとんど愚痴に近いことを言う美智だが、気持ちは分かる。

 気術士の能力は修行すればするほど、誰だって伸びていくものだが、それにしたって才能の差も当然ある。

 ときにはそんなもの努力で乗り越えてしまう者もいるのだが、やはり数は少ない。

 だから、三歳の時の才能でもって、これからの実力がほぼ決まるというか、見えているのだ。

 そのため、この《気置きの儀》で見えたそれを基準に、縁談を組もうとする者が少なくないのだった。

 そして、その縁談をうまく進めるために、家門の有力者の力を借りるというのは普通のことだ。

 思い返すと、俺にも昔、許嫁はいたんだよな。

 まぁ、今となってはそれこそ、もうおばあさんだろうから、子供どころか孫もいるんだろうが。

 月日を感じる……。


「さようでございましたか……。して、ご用件はどのような……? もちろん、武尊に関してのことなのは推測できておりますが……」


 父上がそう言ったので、美智は頷いて答える。


「ええ、そうなの。《気置きの儀》の手順については覚えているわよね?」


「はい。家門の有力者が術具である短刀を下賜し、それに真気を注ぐという……。まぁ、まだ三歳の子供が自発的にそれをするのは難しいですから、親や兄弟、親族が後見役となり、補助しますが」


 この補助……後見役は、親や兄弟の場合は特に何かあることはないが、それ以外の親族の場合は、今後の人生でほとんど義理の親のような立場になるため、誰にするかは重要だ。

 これは、将来もしもその術者が妖魔落ちなどしてしまった場合に、責任を取るためである。

 本当の意味での後見役なのだ。

 だから、厳選されるし、誰にするか難しい。

 そして今、それについて話題に上がったと言うことは……。


「武尊ちゃんの後見役なのだけど……私にさせてもらえないかしら?」


 美智が、そう言った。

 これに父上は驚き、


「え!? いえ……しかし、良いのでしょうか? 家門の他の者たちからすれば、それは不自然な扱いに映るのでは……」


 そう言った。


「普通にやればそうでしょうね。でも……そう言えないだけの結果があれば、違うわ」


「と、言いますと……?」


「おそらく、普通の術具では武尊ちゃんの力に耐えられないのよね。だから、その後に私が後見役を申し出るつもりなの。それを、拒否しないで欲しくて」

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