第19話 北御門本家
「……見えてきたぞ。あれが北御門本家だ」
助手席に座っている父上がそう言った。
ちなみに、運転席にいるのは光枝さんである。
別に父上が運転できないってわけじゃないんだが、あんまりうまくはないらしい。
車もあまり使わないしな、父上は。
反対に光枝さんの運転は極めて上手だった。
全然揺れないし体が持ってかれるようなこともない。
ブレーキするときも滑らかに止まる。
なるほど、これは完璧なるメイドだなと思わずにはいられなかった。
「……おっきいね!」
俺が外を見ながらそう言ったのは当然のことで、北御門本家の敷地はアホみたいに広い。
前世、北御門の人間だったときにはあまり気にしたことはなかったが、こうして転生し、高森の家で過ごしたり、スマホで暇なときにニュースで色々な家屋敷を見る経験をして改めて思ったことだ。
かつての我が家は、まず大きな正門から始まる。
父上が見えた、と言ったのはそこだ。
今はそこは開かれていて、車も入れるようになっている。
ここから北御門家の敷地になってきて……そこからもまだ、車だ。
東京ドーム何個分だ?
というレベルなのだ。
中には様々な建物があり、色々な用途に使われている。
訓練場だとか、武道館から始まり、弓道場とか……あとは山水を模した広い庭とか、湖と見まがうような池まである。
ちょっとした観光地になりそうなくらいだが、基本的にここに入ることが出来るのは、北御門の気術士だけだ。
それも、しっかりと招待を受けた者だけ。
父上もそれほど頻繁には来られない。
今回のような一門全体の会合とか、妖魔に相対するときや、訓練の時には来ることもあるようだが、そういう時も本家の屋敷には行けないからな。
あそこに入れるのは最も格式の高い家だけだ。
ただ、《気置きの儀》の時は違っていて、このときだけは、一門の気術士たち皆が本家の屋敷に入ることが出来る。
未来を担う子供達に、本家がここであると教えるため。
ここから北御門の術士としての人生が始まるのだと刻み込むため。
正門から入り、十分ほど進んで、やって車は止まった。
そこは広い駐車場で、かなりの数の車が止まっていた。
高級車も少なくなく、気術士の収入の良さが理解できる。
我が家の屋敷ですらあの大きさなのだから、まぁそうだよなという感じだ。
ちなみに前世、北御門のおぼっちゃんとして育った俺は、金についてはあまり困ったことがなかったのでその辺りを気にすることはあまりなかった。
今世は流石にそうもいかないことを理解しているので、ちゃんと収入を考えなければならないと思っているが……この感じなら、普通に気術士を頑張れば生きてはいけそうだなと思う。
ただ、気術士は収入も多いが、支出も多い。
術具や触媒はいいものほど高価で、最上位のものはうん千万とか、場合によっては億の大台に乗ってくるからな……。
北御門以外の四大家と戦うつもりなら、そういうものもそろえていかなければならないだろうし、そう気楽なものでもなさそうだ、と思う。
「……ようこそいらっしゃいました。ええと……?」
本家屋敷にたどり着くと、玄関には術士が二人立っていて、父上に誰何する。
ただ厳しい口調ではなく、丁寧なものだ。
流石に今日ここに来ている時点で、おかしな人間であるとは考えにくいからだ。
そもそも北御門の敷地には強力な結界が張られており、忍び込もうとしてもあやしい人間は弾かれる。
非術者であれば敷地の存在を認識することも難しいくらいだ。
「高森家当主、高森圭吾です。こちらが妻の薫子で、こちらが息子の武尊です」
父上が俺たちを紹介すると、術士の一人は目を見開き、
「おぉ、貴方が高森圭吾殿でしたか。それに薫子殿と……そして、武尊殿。お待ちしておりました。北御門当主、美智がご案内するようにと言いつかっております」
どうやら、美智がかなり気を利かせてくれたらしく、おそらくは上位術者であろう人物が、屋敷の案内を買って出てくれた。
「ありがたいことですが……よろしいのでしょうか? 我が家はそれほどの家では……」
「いいえ、我々には当主の言葉が絶対ですので。それに……当主様がどうしてもとおっしゃるもので……どうか助けると思って」
そこまで言われれば、父上も断れず、
「……承知しました。どうぞよろしくお願いします」
そう言って歩き出した術者の背中について、進み出したのだった。
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