第14話 観念する

 一体どうしたものか。

 というか、なんとか言い逃れできないものか。

 そんな風に考えたものの、言い逃れも何も、設定的には俺はほとんどしゃべれない幼児だ。

 一歳にもなっていない幼児が、いきなり、いやいや私は全然違うんですよ、お兄様?そんな何者か分からない人間のはずがないじゃありませんか、転生なんて知りませんよ、ええ、知りませんとも!などと言い出したら逆に怖い。

 というかもうその時点で語るに落ちているだろう。

 

 つまり、俺に出来ることはひたすらにしらを切り続ける、視線を逸らしたり、逆にまっすぐ見つめて小首を傾げる、そんなことしかなかったのだが……。


 ……めっちゃ凝視されている。


 笑顔で。

 

 一言も喋らずに。


 あぁ……これは駄目だな、と観念せざるを得なかった。


 この美智の顔を、俺はよく知っているから。

 

 絶対に、何があっても引かないときの美智の顔だ……。


 そうだ、覚えがある。

 

 俺の最後の任務。


 あれに参加すると報告したとき、絶対に駄目だと何度も止めた美智が、この表情をしていた。

 俺は結局、そんな美智の願いを遮って、参加を強行したわけだが……。

 まぁ、結果はもう知れている。

 あのとき、俺は美智の話をまともに聞かなかった。

 彼女も、流石に他の三家が出してきた人間が、完全に俺を裏切るとまでは思っていなかっただろうが、何かきな臭いものを感じていたのかもしれない。

 俺はただ、何かのためになればと、それだけしいか考えていなくて……。

 その結果があれだ。


 今回は、その時の借りというかな。

 そういうものを返すべき時が今なのかもしれない。

 そんな風に思った。

 

 だから俺はため息を吐いて、彼女に言う。


「……美智、もう分かったよ……。だからその顔はやめてくだちゃい……」


 幼児の喉と舌、そして口では、やはりまだまだちゃんとしゃべれず、すごく舌っ足らずになってしまった。

 しかし、美智はしっかりと聞き取った。

 目を見開いて、それからこちらをさらに目に力を入れて凝視し……そして、ぽろりと一筋、涙を流した。


 俺はそれを見て、慌てる。


「お、おい……な、泣くんじゃないっちぇ……お前、そんな泣き虫だったか……?」


「本当に……お、お兄様だ……お兄様が……戻ってこられた……」


 嗚咽を漏らしながらも、そう言う美智を宥めるように背中をさすりつつ、俺は言う。


「あぁ、帰っちぇきちゃよ……地獄からか、にゃんにゃのかわからないけど……」


「良かった……本当に、本当に……お兄様、あの……美智のお願いを、聞いていただけますか……?」


「なんだよ……? なんでも言ってみりょ」


「……抱きしめてくださいませんか? こんな年老いた妹が何を言うかとお思いでしょうが……」


「馬鹿言うんじぇにぇ。お前は、いくつになっても、俺の妹だじょ……ほら、来い」


 そう言って手を広げると、美智がゆっくりと近づき、俺の胸元……というか、お腹?辺りに体を寄せる。

 その表情はひどくほっとしたもので……俺は久しぶりに、妹の温かさを味わったのだった。


 *****


「それで、お兄様。一体どうしてこのような事態に……?」


 一通り堪能したらしい美智は、すっと立ち直って先ほどまでのような品のいい老婆然とした正座に戻った。

 ただ雰囲気は父上達と話しているときよりもずっと打ち解けたもの、というか家族に対してしか見せてこなかったものだ。

 まぁ事実家族なんだし、問題ないけどな。

 俺は、美智の質問に答える。


「あぁ……色々あったんだじょ。ええと、どこから話したもにょか……」


 そして、俺はぽつりぽつりと、今まで俺の身に起こった全てを美智に話した。

 美智は、うん、うん、と聞いていたが、他の三家の裏切りの話については、恐ろしいくらいに目に怒りを灯していて、ちょっと怖くなる。

 俺の憎しみよりも強い感情ではないか、とちょっと思ってしっまうくらいに。

 また、温羅の段になると、不思議そうな、でも少し納得したような表情をしていた。

 全て話し終えると、美智はまず、言った。


「……本当に、大変な目に遭われたのですね。今更ですが、謝らせてください。お兄様を救い出すことが出来ずに私は……」


 深く頭を下げだした美智に、俺はあわてて言う。


「いや、じぇんじぇん、お前は悪くないだりょ? 俺は……お前の言うことを聞かじゅに、無理に任務に出て、あんにゃことになったんだかりゃ……」


「ですけど、北御門の家の力を使い、よくよく調べればあの三人の危険性が分かったかもしれません。それなのに、それを怠って……それに、今日の今日まで、半信半疑ではありましたけれど、お兄様が他の三人を庇い、殿として残ったとの話を信じておりました。お兄様の気質なら、それもありうるだろうと。しかし、あれは全くの偽りだったのですね……許すまじ……」


「あいちゅら、そんな話をしてたのか……」


 当然、初めて聞いた話だが、まぁそんな風にしか落とし所がなかったのだろうなというのは分かる。

 実際には俺を生け贄として強力な結界を張った、だが、そんなこと話せるわけがないだろうしな。

 流石にいくら四大家の継嗣とはいえ、味方を生け贄に捧げましたでは次期当主としての適性が疑われる。

 言い訳をするしかなかったのだろう。


 ただ、稚拙な言い訳だが、それが通ったのは、鬼神島に結界を張ったからだと推測がつく。

 あの結界が今、どうなっているのかは分からないが、見た限りかなり強力な代物だったのは間違いない。

 あれなら、百年くらいは平気で持つはずだ。

 そして、内部から破壊できないのは当然のこと、おそらく外部からの侵入も出来ないような構成だった。

 結果的に、本当に俺が殿を務めたのかどうか、それこそ北御門の総力を挙げて調べようとしても無理だったのだろう。


 俺にとっては不運な話だが、あいつらにとってはまさに天の配剤というか……そもそもそのつもりで計算してたか。

 どちらにしろ、敵ながら大したものだ、とは思う。

 復讐はしてやるけどな。

 

「まぁ、いりょいりょありゅけど、美智は悪くないよ。それより、今、あいちゅら、何してるんだ? というか生きてるのか? それが気になっててさ……」

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