第13話 美智の確信
それから、父上と母上、それに光枝さんは部屋を出て行った。
これは母上をとりあえず、どこかに横にしようと考えてのことだ。
その際に、美智に対して、
「いつ目覚めるか分からないので、薫子を寝かせてきます。美智様は……」
もう帰りますか、それともどこかでお待ちになりますか、という台詞を言わずに視線だけ向ける。
父上も、家門の最上位であろう美智に対しては憚るものがあるのだろう。
かなり遠慮した話し方をしていた。
本来だったら、高森の家と北御門の関係であれば美智がわざわざ足を運ぶことすらあり得ないだろうからなぁ……。
さっき美智本人が言っていたが、母上──薫子が美智から茶道を習っているらしいから、そこで繋がりがあるからこそのことだったのだろう。
確かに思い出してみれば、家門の奥様方というのは集まって茶道やら華道やらの教室を開いたりしていた。
それらの本家も北御門になるからな。
ただ、下位の家の奥方たちは下位の家だけで集まった教室を開いていたと思うが、たまに腕や気質が優れていると上位の家のそれに招かれることもある。
こういう扱いというのは、北御門においては差別とかではなく、むしろ気遣いだな。
上位の家の奥方と一緒だと気が休まらない、という人々も少なくないからだ。
それでも大丈夫と度胸と腕がある場合だけ、引っ張り上げるというわけだな。
そういう意味で、薫子は逸材ということなのだろう。
ともあれ、父上の言葉に、美智は、
「あぁ、そういうことなら、ここで武尊ちゃんと少し触れあっていてもいいかしら? 色々と調べたいことがあるのよ……もちろん、危害を加えたりはしないわ」
そう言った。
これに父上は特に不安そうな様子もなく、
「いえ、そのような疑いは持っておりません。全く構いませんが……どのようなことをお調べに?」
そう言って、単純に疑問を尋ねた。
これに対して美智は穏やかな口調で言う。
「この子の力もそうだけど、性質とかね。暴走しないかどうかも気になるわ。これだけの力を持っていると、場合によっては妖魔と化してしまう可能性もあるから。そのときには……大妖となるでしょうけど」
大きな力は子供の頃は特に、抑えるのが難しい。
そしてそのやり方に失敗すると、そのようなことも起こりうる。
父上もこのことはよく知っているようで、
「そ、そんな……気術士が妖魔に落ちることは確かにありますが、我が子に限ってはそんなことは……」
慌ててそう言って否定する。
そんな父上を美智は宥めるように、
「私もこの子についてはその心配はあまりしていないけどね。あくまで念のためよ。安心しておきたいでしょう?」
そう微笑みかけた。
どこか、有無を言わせない圧力も伴うその笑み。
それに対して父上は、
「そう、ですね……では、お願いいたします」
そう言って頭を下げ、母上をお姫様抱っこして光枝さんと共に、部屋を出て行った。
それから、美智はふっと俺の方を見て笑う。
「……さて。二人きりになったわね。
いきなり口調が変わった美智に、俺は驚く。
昔の……若干、高飛車な雰囲気のあった頃の美智のそれに間違いなかった。
十歳くらいのときの。
いや、あの頃は十二、三だったか……。
しかし随分とおかしなことを言うものだ。
こんな赤ん坊を捕まえて、お兄様だと?
いやいや、そんなことあるはずが……何かの聞き間違えだ。
俺はきょとんとした顔で、美智の顔を見返した。
すると彼女は、呆れた顔で苦笑し、言う。
「……勘違いだったら、と思っていたわ。あくまでも私がただ、あの頃のお兄様を思い出して、その感傷でおかしな勘違いをしているのだと。名前も、漢字は違うけど全く同じ読みで……。ただ、もしかしたら、お兄様の生まれ変わりなのかも、と薫子さんの話を聞いて思った。だからここに来たのよ」
ゆっくりと話す美智の声には、古い記憶を掘り起こすような、ゆったりとしたものがあった。
そこには悲しみや苦しみと共に、どこか温かさのようなものも感じられ、つらいだけの記憶ではないのだな、と思うと同時に、どこか俺はほっとする。
俺が死んだ後のことは、ずっと気になっていたから。
美智が幸せだったのかどうか……それがすごく気になっていたから。
美智は続ける。
「実際にここにたどり着いたときは、まだ半信半疑……いえ、それこそただの感傷だと思ってた。でも……こうして近づいてみて、その真気を間近に感じ取ってみると……私、驚いたのよ。お兄様なら知っているでしょう。私は、真気の色や匂いを感じ取ることが出来る。これは特別な才能で、北御門の家であっても滅多に見られるものじゃない。お父様とお母様が言うには、二百年前に一人いた程度ってね」
確かにそんな話は聞いたな。
まぁ、そんな才能を持った妹がいたからこそ、俺は落ちこぼれでも北御門は続いていくと確信を持てた。
「その私からしてみれば……武尊ちゃん。貴方の真気はどう見ても、お兄様のものよ。その色、その大きさ、その匂い……気配の全てが、お兄様の……。これは感傷ではないと今なら、確信を持って言える。ただそれでも、生まれ変わりなんてしてしまったら、何も覚えてない、そういうものだとも思ってたの。でも今はそれすら違うと考えてるわ。ねぇ、気づいてる? さっき私がお兄様、と言ったとき、貴方の右眉がふっと上がったの。実はね……それって、お兄様の癖なのよ。しまった! と思ったときの、お兄様の、ね……!」
確信を持った微笑みを浮かべる美智に、俺は、え、なにそれ、本当に……?と思ってしまったのは言うまでもない。
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後書きです。
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