第12話 その人は

 ──誰だ、この人は。


 まず俺が抱いたその人に対する第一印象はそれだった。

 俺の名前を知っていること、友好的に見えることから、当然のこと、両親が連れてきたことは分かっているが、いかんせん見覚えがない。

 ……いや。

 本当に見覚えがないのだろうか?

 どことなく懐かしさを覚える気もするが……。

 

 そう思っていると、


「……美智様、いかがですか……?」


 と、おずおずとした声で、父である圭吾がその人の名前を呼んだ。

 

 美智、だって!?

 その名前は聞き覚えがある。

 当然だ。

 だって、その名前は……。


「圭吾さん、良い息子さんに恵まれたわね。これは薫子さんに感謝しなければならないわよ。これほどの真気を持つ子供を産むことは、かなりの負担になるはず。薫子さんの気持ちが強くなければ、生まれてくることはなかったでしょうから」


「ほ、本当ですか!? しかし我々にはそれほどの真気を感じられませんが……。もちろん、それなりの力を持っていることは分かります。私が子供の頃よりもずっと多く、次期当主として申し分ないことも。しかし北御門の方にそう言われるほどとは……?」


「ちょっと大きすぎるから、分からないのでしょうねぇ……。もしかして、抑えているのかしら? だとすれば……。ねぇ、武尊ちゃん。私の言っていること、分かるかしら? 真気を少しだけ、解放してみて欲しいの。みんなが分かるくらいで良いから……できる?」


 穏やかな口調だが、そこには有無を言わせない強力な圧力もまた、感じられた。

 いやはや、立派になったものだ、と思うと同時に、考えてみれば当時から芯の強い子でもあったことを思い出す。

 そんな彼女に頼まれれば……否とは言えないだろう。

 俺は仕方なく、体内にしまいこみ、隠蔽していた真気、その一部を解放する。

 といっても、一気にやってしまうと危険なため、コップに一滴ずつ水を注ぐように、ゆっくりと解放していった。


 俺の力を感じてか、両親の顔色が少し変わる。


「……まさか、こんな……」


「すごく大きな力だわ……もう既に私の力なんて超えてる……」


 そんなことを言いながら。

 しかし、俺からしてみるとまだそこは始まりに過ぎなかった。

 そこから徐々に真気を解放していくと、さらに両親の表情は変化していく。


「……まだ大きくなるのか!? 馬鹿な……」


「す、すごい、わ……あっ……」


 母上の方は、そこで気を失ってしまった。

 慌てた様子で父上が支え、そこに光枝さんが近づいて支えを変わる。

 ただ、光枝さんの方も結構厳しそうだな。

 額に冷や汗が吹き出ていて、このままだと彼女も気絶してしまうだろう。

 本当はもっと出力を上げられるが、流石にここでやめておくことにした。

 元通り真気を体内の奥深くに引っ込めると、ふっと圧力が減ったのか、父上達が今まで止めていた息を吐き出すように、荒い呼吸をし始めた。


「はぁ、はぁ……」


「だ、旦那さま……」


 父上と光枝さんが目に驚きの光をたたえている。

 そんな二人に視線を向けて、老婦人──美智が言う。


「今ので分かったでしょう? この子の才能は、北御門の家門の中でも随一……いえ、歴史上数えるほどのそれと言った方がいいでしょうね。お兄様よりも巨大な真気を持つ子供を、私は初めて見たわ……」


 どこか、美智の瞳には悲しげな感情が揺れていた。

 その意味が分からない俺ではない。


「美智様……」


 父上もある程度、事情を分かっているのか、気遣わしげな表情で呟く。


「あぁ、ごめんなさい。少しばかり思い出してしまって」


「いえ……」


「ともかく、これだけの才能を持った子供を、腐らせておくわけにはいかないわ。本来だったら、北御門本家に養子として引き取りたいところだけど……」


「えっ、美智様! そ、それは……」


 意外すぎる提案に、父上は慌てた。

 いや、意外でもないか。

 気術士の家において、養子をとったりとられたり、というのは割とよくある話だ。

 特に、血の繋がった家門の内部では割と日常茶飯事である。

 上位の家に養子に、と言われればそれはむしろ名誉で、嫌がる人間は少ない。

 ただ、父上はそうでもないようだ。

 そんな父上の反応を見て、美智はころころと笑って言う。


「ふふ、だから、本来は、と言っているじゃない。冗談よ。それにしても、随分とこの子を愛しているのね……気術士の家では珍しいことよ」


「美智さま……冗談が過ぎます。武尊は私と薫子にとって、かけがえのない息子。それは当然、愛しておりますとも……」


「分かっているわ。そもそも北御門の家門は、他の家門と比べてそういう者が多いしね。本家ですらそうだもの。だから無理に養子にとは言いませんよ。先ほどのこの子の力を見て、化け物だと怯えるようならば考えたかもしれないけれどね」


「……先ほどのは恐ろしい力でしたが、この子は優しい子です。それが私たちに向けられることはない」


「そう信じられるなら、大丈夫でしょう。ただ、一応言っておくけれど、さっきの力ですら多分、この子にとっては一部に過ぎないわ」


「え!? あれで全力ではないと……?」


「ええ。あれくらいならまぁ……私の五割に近い程度ですからね。でもこの子は……。とにかく、これからの教育方針は、よくよく考えなければならないわ。この子は将来、北御門の家門を率いていく逸材。私もできる限り訪ねるようにするから」


「美智さまが……我が家に」


「こうなると、薫子さんがうちで茶道を学んでいるのは良かったわね。いい言い訳になるから。薫子さんが目覚めたら、その辺りについても相談しましょう。いいわね?」


「は、はい……」

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