第9話 あれから
「……うーむ。なぜあのような現象が……。通常であれば多少光り輝くことはありこそすれ、あのようにクレーターが出来るはずが……。遠くから我が家の社殿から天に光が立ち上るのも見えたと言うし……」
そんなことをぶつぶつと言いながら、文机の上で伝来の古文書を読みふけっているのが、我が父である圭吾であった。
俺はその横でつかまり立ちの練習をしている。
実際には既に普通に歩けるのだが、それでは怪しいし、順を追って成長を見せているところだ。
まぁ、心配せずとも、今、父上は古文書に夢中なので問題ないかもしれないが。
……試しに変な顔で父上を見つめてみるか?ベロベロバー!
「……ん? 今、何か妙な気配が……」
やべ……。
父上が顔を上げてキョロキョロと周囲を見始めたので、慌てて俺はそっぽを向き、つかまり立ちをし始める。
すると父上は、
「……気のせいか。流石に、結界の張ってある我が家にそうそう、魑魅魍魎も入り込まんだろうし……来るとしたらそれなりの妖魔だけだろうからな。それだったら流石に分かるか……」
そう呟いて、また読書に戻った。
彼が今、どうして読書してるかというと、それは簡単で、つい先日の俺の覚醒の儀式のことを調べているのだ。
クレーターを作ってしまった俺の元に、父上はあれから慌ててかけより、無事を確認するとすごくホッとした顔をして俺を抱きしめていた。
そこには確かに親としての愛情があり、俺は懐かしいものを覚えた。
前世でも、周囲からみそっかす扱いされ続けたとはいえ、家族というものには割と恵まれていた。
両親は俺に優しかったし、妹も明らかに俺より強力な術士だったけれども、決して見下したりなどせず、兄として敬ってくれたのだ。
だから、前世の周囲の扱いにも耐えられ、自分の身を犠牲にしてでも任務のために働こうと思えた。
……その結果が、裏切られての死だからどうしようもない話だけれど。
ともあれ、今回もまた同様に家族の愛情には恵まれたらしい。
母上も儀式の様子を聞いて驚いた顔をして、
「……この子は大丈夫なの? どこかに異常が出たりは……!」
としきりに尋ねていた。
それに対して父上は、
「いや、全く問題ない。むしろかなり元気そうだ。四肢にも異常は見られないし、脳にも特に気脈からの真気による汚染はない。むしろ……かなり細かな気脈が形成されている、気がする……。ここまで細かいと、流石に正確に測るにはそれ専用の術具が必要となってくるが……今度、北御門家に貸与していただけないかご相談してみるか……」
そんなことを言っていた。
父と母の会話では、割と頻繁に俺の前世の家である北御門家の名前が出てくる。
もちろん、この高森の家は、北御門家の遠縁の気術家であるから、付き合いはあるのだろう。
ただ、それもかなり薄いものであることは間違いない。
なぜと言って、前世において俺は高森の名前をあまり聞いた覚えがないからだ。
一応、記憶の端に引っかかってはいるのだが、当主の名前すら記憶にない。
まぁ、俺は別に北御門の跡取りというわけではなかったから、その辺りの付き合いはさほど意識する必要がなく、両親も妹も俺に対して好きに生きて構わないんだよ、という良い意味での放任主義だったというのもあるだ。
俺はわりとちゃらんぽらんな長男だったのだな。
でも、しっかりと家の仕事をやるべく、修行し、任務にも出ていたから、別にそこまでだめな息子だったわけでもないとは思う。
才能には全く恵まれなかったけど。
ともあれ、そんな我が家と北御門家の現在の関係であるが、どうやら術具の貸与を願い出られる程度のものはあるらしい。
それとも、無理をお願いするような感じだろうか……?
出来ることなら、そこそこの付き合いであって欲しいが。
何せ、妹のことが気になるからだ。
俺の妹、北御門
三つ下で、今だと六十歳過ぎだろうか。
まぁ、生きていればの話だが。
気術士は、温鬼が言ったように単純な寿命で言えば普通の人間より確かに長い。
けれど、その任務は過酷極まる。
そのため、若いうちに命を落とす者も少なくないのだ。
俺の憎き復讐相手達はそう言う意味では強いし生き汚いところがあったので今も生存しているだろうと半ば確信できているが、美智については……。
心優しく、責任感の強い子だった。
もしかしたら、という思いはある。
どうか、生きててくれ。
俺はそう願ってやまない。
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