第10話 来客
そうそう、薫子──母上なのだが、今日は珍しく留守だ。
母上は俺のことを見るために大抵は家にいて、買い出しなどは高森家のメイドさんに頼むのだが、今日は用事があるということで出ている。
だからこそ、父上が俺の世話をしている……というか、見ているのだ。
同じ部屋にいるだけで、特に何かしてるわけでもないけどな。
俺が普通の幼児と違って、まず危険なことをしないからこそ、それで問題ないが、俺が普通の幼児だったら結構危険だぞ。
いきなりぶっ倒れたり気づいたら部屋を飛び出してどこか遠くにいったりしかねないんだからな。
我が父上は、どうも駄目な親父なのかもしれなかった。
まぁでも、全く見ない、というわけではなく、たまに本を閉じて構いに来たりするから完全にダメダメというわけでもないが。
考えてみれば、動きとかは気術士としての気配察知とか常時使っていれば本を読んでいても問題ないのかもしれないな?
少し意識してみると、薄く気術が発動しているのが感じ取れる。
これはやはり、気配察知系の術だな。
本を読みながらもちゃんと様子は見てるって訳か。
よし、及第点をやろう……まぁ見てたって見てなくたって、俺は危険なことなどしないが。
……多分。
ちなみに、母上の用事なのだが、同じ気術士のご婦人方と茶道のお稽古らしい。
そういえば、前世振り返るに、色々とやらされたな。
気術のための訓練なら理解できるのだが、茶道や華道までやらされたのだから謎だ。
曰く、由緒正しき家の人間として、最低限の礼節は身につける必要があるとかなんとか。
この点は俺を比較的自由にさせてくれた両親も譲らなかった。
まぁ、そのお陰でそれなりのものは身についたし、そういう面で侮られるということはまずなかったので今思えばありがたい話だったが。
両親もそのつもりでやらせたのかもしれないな……。
「……駄目だ。どこにも載っておらんな。あの現象は過去、確認されたことがないのかもしれん……しかし、武尊には何も異常はないし……気にすることはないのか? いや……」
古文書を片っ端から読んで、結局ほとんど手がかりを見つけられなかったらしい父上は、ため息をついて書物を閉じて机の上においた。
それと同時に、部屋にシュッと、紙で作られた形代が飛んでくる。
それは父の手元へと着地すると、父はそれを手にとって、書かれている内容を読み始めた。
あれは、気術士がよく使う連絡方法だな。
かなり遠くからも飛ばせる上、結構素早いので便利なのだ。
ただ、それなりの技量がなければ不達になることもあるため、訓練が必要だが。
流石の俺も、これに関しては前世も出来た。
出来ないと本当に話にならない技術なんだよな……。
「これは……まさか、あの方が!? いやいや、こうしてはおれん。
父上が呼ぶと、女性が部屋に現れる。
この人こそが、我が家のメイドさんの
年齢不詳だが、容姿は二十代そこそこにしか見えない。
長い髪を三つ編みにして垂らしており、眼鏡をかけている姿は地味で目立たない雰囲気だ。
ただ、よくよく見てみると、顔立ちは整っていて、柔らかな雰囲気が母性を宿しているような気がする。
どことなく、魔性のようなものが宿っているような……気のせいだろうか。
そんな彼女が、父上の言葉に返答する。
「旦那様、お客様とはどなたが……?」
首を傾げつつ尋ねる光枝さん。
「それがな……」
そして父上はそんな光枝さんに耳打ちをする。
どうやら内緒話らしい。
なんでだ。
俺にも聞かせろ。
そう思ったが、俺はまだまだ何も分かっていない幼児である。
命令口調でそんなことを言うわけにはいかなかった。
仕方なく黙って二人の様子を観察していると、父上から話を聞いた光枝さんは目を見開き、
「……それは大変なことです。旦那様、用意と申しますが、お茶やお茶菓子などの用意は私がします。準備が出来ましたらお呼びしますので、しばしここでお待ちを」
慌ただしい様子で早足で動き出す光枝さん。
メイドとしては譲れないものがあるのだろう。
しっかりと客はもてなしたいと。
「あ、あぁ、そうだったな……」
どうやら父も焦っているらしいが、どんな客が来るというのか。
でも、父が焦るほどとなるとやはり、より上位の気術士の家の人間ということになるだろうか。
他には協会の人間とか……まぁ政治家とか地域の名士とかもありうるか?
気術には地縁も大きく関わってくるため、そういう付き合いも多くて絞るのが難しい。
ともあれ、そういう偉い人が来るとなると、俺は奥の子供部屋で待機だろうなぁ……。
今までもたまにあった。
まぁ、そういうときは母と一緒だったが、今日は一人か?
いや、光枝さんがいるか……。
案の定、客が到着し、家のチャイムがなると、光枝さんが俺を抱き上げて奥の部屋に連れて行く。
なんだよ!
俺にも偉い人と会わせろ!
そう思うも、結局何も口には出せないで、もどかしい思いをした俺だった。
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