第8話 覚醒の儀式
「……いいか、武尊。これから、もしかしたら少しばかり苦しいかもしれない。でも、頑張って耐えるんだ。そうすれば、お前も立派な気術士になれるからな……」
見慣れない狩衣姿の、俺の父親、圭吾が俺に対してそんなことを言って抱き上げる。
何の話をしているのか、普通の子供なら分からないだろう。
なにせ、俺は今はまだ十ヶ月に過ぎない。
通常ならやっと歩き始めるくらいの年齢だ。
けれど、俺にはしっかりと父の言葉の意味が理解できた。
これから、俺の覚醒の儀式を行うのだな、と。
ただ、前世において同じくらいの時期に行っただろう儀式については、もちろん俺も全く覚えていないから、どのくらい苦しいのか、とかそういうことは全く記憶になかった。
妹の覚醒の儀式を後学のために見学したことはあったが、それくらいだ。
そのときも、妹の体の中で一体何が起こっているのかは全く分からなかった。
やはり小さいときだったからな……。
ただ、その後に学んだことによれば、地脈の力を利用するための気術陣を描き、その中心に子供をおいて、陣を発動させるという手順だ。
陣の外側で術者は陣の働きを制御し、中心にいる子供にしっかりと気脈が育まれるよう、制御するのだ。
術者の腕によっては、子供の命を落とすことも少なくない。
というか、この術は地脈の力を借りなければならないという関係で極めて難解であり、大抵の術者にとって五分五分の賭けだ。
それでもこれを行わなければならないのは、気術士という存在の重要性のため。
この世界を、妖魔たちから守るためである。
「……着いたぞ、武尊。お前はこの陣の中心……ここにいなさい。いいと言うまで、決して動かないように。いいな」
言われたので、俺は頷く。
父は俺の頭に、ぽんと手を置いて、
「よし、良い子だ。難しいようなら、その場から動けないよう縛鎖もかける必要があるのだが……お前は妙に落ち着いているし、大丈夫か?」
これにも俺は頷いた。
「……うむ。では、一応念のため、この札を持っておくと良い。耐えられない場合は、それを目安にこちらで縛鎖をかけるが、ギリギリまではかけないゆえ」
そう言って、父は陣の外へと出て行く。
そして、懐から祝詞の書いてある経典を取り出し、開いてから、ぶつぶつと読み始めた。
とはいえ、父もあそこに書いてあることは覚えているはずだが、あの経典自体が術具の役割を果たす。
術の維持も、幾ばくか楽になるだろう。
事実、父が唱え始めてから、すぐに陣に真気が走った。
ぼんやりとした光を放ち始めて、術が起動する……。
それと同時に、地脈と陣が繋がっていく感覚を覚え、陣に向かって膨大な真気が流れこんでいく。
なるほど、これほどまでの力を集めないと、気脈というのは開かないと言うことか。
だから地脈と繋がなければならないのか……。
気脈を開くというのは、割と力業の儀式なのかもしれない。
となると、俺が特に儀式を経ずとも気脈を開けたのにも納得がいった。
つまりは、地脈の真気で無理矢理開くのと同じ事を、自分の真気で行ってしまった、ということだ。
それは当然、普通に気脈も開くよな、と思う。
しかしそういうことなら、やはり心配はいらないだろう。
すでに開ききった気脈に、大きな力を流したとて、害があるわけではないから。
真気がある種の毒になるのは、それに体が馴染んでいない人間に、無理矢理流した時であって、そうではない場合は、ただの治癒・回復となる。
真気がスッカラカンになったときは、地脈の上で瞑想すれば回復が早いと言うが、それはそういうことなのだ。
ただ、今の俺は別に真気不足というわけでもないし……。
いや、一応、全身に行き渡った気脈全てには真気は満ちてはいないかな。
それは俺にそれが出来ないということではなく、それをする場合には、いわゆる身体強化となってしまうからで、普段はそんなことをする必要がないからだ。
それにただの赤ん坊が、いきなり怪力などを発揮し始めても怖い話だろう。
まぁ、その辺を考えて、まだ試せていないのだが……。
ちなみに、前世ではその身体強化すらほとんどおぼつかなかった。
普通の人よりかは多少力があるかな、くらいに出来る程度で、周囲の気術士たちのように、岩をも砕く怪力を得るというわけにはいかなかったのだ。
だけど今の俺には……なんとなくだが、出来てしまう気がする。
だからこそ、ある程度、出歩けるようになるまではと自重しているのだ。
外に出れるようになれば、まぁ多少、石とか砕いてもごまかしきれるだろう。
家の家具とかぶっ壊すとそれも出来ない。
そんなことを考えているうち、ついに儀式は佳境に入ったらしい。
汗だくの父が真剣に祝詞を唱えていて、それだけ必死なのが分かった。
そして、地脈から汲み出された真気は、陣に充填され、そしてそれが一気に陣の中心にいる俺に向かって洪水のように流れてきた。
──あぁ、なるほど、これは……。
真気の洪水を浴びながら、俺はなぜこの儀式で命を落とす子供が多いか理解した。
この圧迫感には、普通の子供は耐えられないだろうと。
耐えられるのは、やはり選ばれた子のみ……真気と適合性を持った、才能ある者達だけなのだと。
その意味で言えば、俺が前世でこの儀式を受け、死ななかったことをまず喜ぶべきだったかもしれないと思った。
まともに真気も使えない俺であったが、それでもこの儀式を乗り越えたのだから。
そのような子供は普通は、ここで命を落とす……。
そうならなかっただけ、俺は運が良かったのだ。
翻って、今の俺にとってはどうか。
これは、はっきりと言えるが、全くつらくない。
それどころか、むしろ暖かな水に揺蕩っているかの如くだ。
人の持つ真気とは異なる、大きな存在感のある力が、俺の中へと入ってくる。
それらは、やはり俺の気脈を開く機能を発揮することはなく……けれど、不思議なことに、気脈に溶け込むように吸収されていった。
……え? これは……。
てっきり、そのまま体外に排出されるか、俺の体内の真気を多少回復した後は霧散すると思っていたのだが、そうはならなかったようだ。
そして、全ての地脈からの真気が俺に寄り集まると、それらは一気に、パンッ、と弾けるように周囲に対して圧力を放つ。
「こ、これは……!?」
陣の外側までそれは届き……そして、気づけば俺のいた場所から父のいるところ手前まで、深いクレーターが出来ていたのだった。
これは明らかにおかしい……よな?
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