第6話 転生

 ──転生するってこんな感じか。

 

 俺が最初にそう意識したのは、母のお腹にいた時のことだった。

 あの鬼……温羅の術によって転生した直後は白い光に包まれて、意識が飛んでしまい、そしてその後に初めてそう考えることが出来たのが、母のお腹にいるときだったということだ。

 生命がどのように発生するかということについては知らないわけがないが、だとすればもっと前に意識があってもいいような気もするが、脳がある程度ちゃんと形成されないと自我は芽生えないと言うことだろうか?

 まぁ、そんなことを言い出したら、子供に自我が芽生えるのは生まれた後、しばらくの間経ってからだという話になってくるか、あれかもしれないが。

 俺の場合は生まれる前からしっかりとした自我と記憶を持っているという時点で、生命の発生の全てのプロセスから逸脱している存在なのだから。

 

 それにしても、焦ったのは、俺に思考力が芽生えてからしばらくのことで、どうも母親から多くの真気を吸い取っているな、と意識したときのことである。

 真気は全ての生き物が持っているが、気術士の持つそれの量は、通常の生き物や人間とは比べものにならない。

 母もどうやら気術士か、そうでないにしても気をある程度操ることが出来る存在であることは、その持つ真気の量から察していたが、それにしても奪い取る量が半端ではなかった。

 気術士の子供が生まれるとき、母体がかなり危険な状態に置かれることが少なくないとは聞いていたが、その理由が改めて分かった瞬間だった。

 

 通常であれば、そのように母親から気を奪い取り、気術士の子供として、体内の真気を整えていくのだろうが……この調子だと、生まれる頃には母親の命が危険であることも簡単に推測がついた。

 だから、俺は母親から気を奪うことをやめた。

 生まれる前ではあるが、俺には気術士として修行した記憶がある。

 自分の体内から気を出せない、ということが俺の大きな欠点ではあったが、母親の腹の中にいる時点で、俺と母はへその緒によってつながっていて、つまり俺の肉体と母の肉体を同一視できる状態にあった。

 それがゆえに、へその緒を通じて奪い取っている真気を、逆に母親の側に流すことも容易に出来た。

 幸い、というべきか、俺の体にある真気の量は結構なもので、多少母親に流したところで問題が起こるようなレベルではなかったから出来たことだった。

 普通の子供なら、そんなことをすれば真気不足で死ぬこともあるだろう。

 数奇な運命だが、この母親のもとに俺が宿ったことは、運命だったのかもしれないと俺は思った。

 

 そして、そんな日々がしばらく続き……ついに俺は出産の時を迎えた。

 もちろん、俺が出産するのではなく、母が出産するのだ。

 ここでも、俺が俺であることによって、母の苦労を半減させることが出来たと思う。

 危なく首にへその緒が絡まりそうだったところを、うまく動いて避けることが出来たからだ。

 こんなことは、俺自身に意識がなければ出来ないことだろう。

 また、逆子にならないようにもした。

 そのお陰か、俺の出産は母が陣痛を迎えてから一時間以内に終わったと思う。

 生まれた後も母の様子は健康そのもので、これなら産後の肥立ちが悪く、とかそういうことにはならないだろうと思った。


 俺が生まれてからしばらくして、一人の青年がやってきて、色々と俺や母に声をかけていた。

 それらの内容から分かったのは、俺が生まれたのが高森家であること、母の名前が薫子で、父の名前が圭吾であること。

 そして俺の名前が武尊たけるであることだ。

 まさか生まれ変わっても同じ名前になるとは想像してもいなかったが、慣れ親しんだ響きである。

 ありがたかった。

 漢字は一文字増えたようだが……むしろ読みやすくなって良かったかも、とかそんな気がした。

 それに加えて、生まれる前、温羅と剣術……つまりは武の修行をしたことから、武の一文字がつくことを、温羅の置き土産のようなものだと感じたのは、俺の感傷に過ぎるだろうか。

 ともかく、良い名前だと思ったのだった。


 ただ、生まれたからと言って、まだまだ何の心配もない、とは言えないのが気術士の家の特殊事情だろう。

 両親も心配しているようだったが、気術士の家に生まれた赤子は、生まれてから一年以内に気脈を開かなければならないのだ。

 そのための儀式が、概ね生後八ヶ月から十一ヶ月の間に行われる。

 このときにかなりの負担が体にかかるので、体に障害が残ったり、場合によっては死亡してしまうことも珍しくない。

 そんな儀式やめればいいのに、と思うかもしれないが、妖魔と戦えるのは気術士だけだ。

 気術士がいなくなれば、この世は妖魔のものとなり、人間は駆逐されてしまうだろう。

 それと天秤にかければ、やるしかない儀式なのだった。

 もちろん、この儀式の危険性はみな知っているため、少しでも生存率を上げるための研究は行われているが、芳しくはない。

 ほとんど気休めに近いものばかりで、古い時代からと生存率はほぼ変わっていなかった。

 つまり、俺はまだ、死の危機から脱したわけではない。

 ただ、俺は絶対に死ぬわけにはいかない。

 あいつらに復讐するそのときまでは、決して。


 ──というか、あいつらまだ、生きてるよな? 死んでましたは勘弁だぞ?


 そんなことを思いながら、俺は眠りに落ちていく。

 生まれたばかりの赤ん坊の体は、とかく眠りを欲するもので、自我があっても、そのことは変わらないようだった……。

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