第5話 跡取り、生まれる

 ──おぎゃー! おぎゃー!


 そんな赤子の泣き声が、屋敷の中に響いた。

 

 ここは、北御門家の流れを組む分家……のさらに分家、本家よりも遙かに血の遠い家の、高森家という気術士の家である。

 そこにたった今、跡取りとなる息子が生まれたのだ。


「……薫子ッ!」


 出産場所となった部屋に、一人の青年が駆け込む。

 彼こそが、高森家の主たる、高森圭吾たかもりけいごであった。

 そして今、彼の視線の先にいるのが、彼の妻である薫子と……。


「……貴方。やっと来たのね。どうぞ、抱いてあげてください」


 そう言って薫子が差し出したのは、立った今、彼女自身が生んだ高森家の長男である──


「……武尊たける。この子が、私の息子の……武尊か……!!」


 武尊であった。

 生まれたばかりであるが故に、弱々しい動きと息だが、確かにそこに新しい命が存在していることを、圭吾は武尊を抱いて理解する。

 生来、体が弱く、子供を産めるかどうか分からないと言われていた妻、薫子。

 その彼女が、絶対に生むと言って聞かなかったので儲けた子供だ。

 可愛くないはずがなかった。

 それも、薫子は出産を終えて不思議と元気そうだった。

 以前であれば体に宿る真気は僅かで、気術士の嫁として、その跡取りなど生んでしまえば、その全ての真気を奪い取られてその瞬間亡くなる可能性まであったはずなのに……。

 不思議に思って圭吾は薫子に尋ねる。


「……時に薫子」


「なんでしょう?」


「体の調子は……大丈夫なのか? なんだか以前よりも元気そうに見えるのだが……出産後にもかかわらず」


「あぁ、そのことですか。私も不思議なのですけれど……」


 彼女がそこから話したのはそれこそ、奇妙な話だった。

 子供を身ごもってからしばらくは、確かに真気を徐々に奪い取られる感覚がしていたらしい。

 これではいずれ、十月十日も経てば自分の力は空っぽになり、そしてそのまま亡くなるだろうと。

 けれど、ある日からは逆に、子供の方から真気が薫子に流れてくるようになったという。

 初めのうちは、自分が子供の力を奪ってしまっているのか、と思って心配だったらしいが、気を扱える産医に尋ねたところ、子供の真気には全く問題がなく、すくすく成長されておられます、ということだったようだ。

 一体これはどういうことかと思ったけれども、結局考えても分からず、何にせよ子供が育っているならいいか、とそのまま今日を迎えたらしい。

 それを聞いた圭吾は驚き、言った。


「どうして私に言ってくれなかったんだ……」


 妻の命の危機、そしてその回復である。

 夫である自分に是非にでも話して欲しかった。

 そう思うのは当然だった。

 けれど薫子は品良く笑って言った。


「だって、貴方はそんなこと報告されれば心配してしまうでしょう? 佐藤先生にも貴方には言わないようにってお願いしていたくらいなんですよ」


 佐藤先生、とは産医の名前だ。

 高齢の女性だが、頭はしっかりしていて、何より腕が良い。

 また、昔、圭吾を取り上げた人でもあるため、ほとんど母や祖母のような存在ですらあった。

 

「そんな……だが、いや、確かにそうか。君が子供が欲しいと言ったときも、大げさに心配してしまったからね、私は……」


 子供を持つことが危険だと最初から分かっていたから、圭吾は反対したのだ。

 もちろん、薫子が子供を産まないのなら、高森の家の直系はそこで断絶する。

 しかしそんなことはどうでも良かったのだ。

 家は養子をもらってきて続ければ良い。

 気術士の家は数多いが、当主となれる人間は数えるほどだ。

 当主の座をいずれ約束されるとなれば、近い家から次男や三男を養子に迎えることは無理な話ではなかった。

 それに、昔からそんなことは多く行われていたのだ。

 だから……。

 でも、薫子はそんな圭吾の考えを否定し、自分が長男を産むと言って聞かなかった。

 なぜ、と尋ねても、そうしなければならない気がすると言って譲らなかったのだ。

 結果として、こうして圭吾は実の息子を抱くことが出来、高森家の跡取り息子に恵まれることが出来た。

 結果だけ見ればこれ以上ない。

 薫子の英断のお陰だった。


「ふふ、心配してくれるのはうれしいですけど、限度がありますから。でも、これからはそこまでの心配はいらないと思います。さっきも言いましたけど、体の調子がすごくいいんです。これなら、二人目も三人目も産めてしまいそう!」


「えぇ!? そんな……いや、だが、可能なら……ま、まぁ、それは様子を見て、だな……。それより、今はこの子のことだ。確かにこうして元気に生まれてくれたが、まだ試練はある……」


「……そうですね。気脈を開いてやらなければなりません。多くの気術士の子が、そこで命を落とします」


「あぁ。だけど、この子はきっと大丈夫なような気がするよ。今この子から感じる真気の量は、かなり多い。もちろん赤子にしては、の話だが……気脈を開いて亡くなる子は、大抵、真気不足だからな。だから……」


「ええ、期待しましょう。私たちの子供が、生き延びられますように……」

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