第4話 月日は過ぎ

 あぁ……。

 あれから一体何年経ったかな。

 素振りから始まった修行は、今や、あの鬼の男との模擬戦が主になっていた。

 ただ、素振りだけの訓練の日々は数年に渡ったし、その間は意識が飛びそうで仕方がなかったけど。

 疲れているから、というより、やっぱりそれは魂が希薄になりかけていたかららしいが……。

 それをなんとか素振りをし続けることで目を覚ます、みたいな無茶な方法で誤魔化し続けた日々だった。

 眠気を覚ますのに無理に体を動かす感じに近いだろう。

 しかし、その甲斐あってか、俺の魂は未だに健在だった。

 残念ながら時間の感覚ばかりはかなり希薄になってしまったけれど。

 それも仕方のない話で、俺も最初は気づかなかったが、どうやらこの魂だけの状態というのは、眠ることが出来ないのだ。

 というか、眠ったらそこで消滅だという。

 だから、素振りの訓練は冗談ではなく一日二十四時間ぶっ続けだし、他の訓練も同様だった。

 今だって、鬼の男ともう何年、何十年か……?

 ずっと戦い続けているのだから。

 それにしても、俺は別にそれでいいとして、鬼の男の方は大丈夫なのだろうか。

 俺のために転生の術を組んでくれるという話だったが、俺と戦っているだけに思えるのに。

 そんなことを薄ぼんやりと頭の片隅で考え続けて数年。

 今まで剣の技術や技を教える時以外、ほとんど口を開かなかった男が、手を止めて俺に言った。


「……よし、術を組み上げたぜ。なんとか五十年でいけたか」


「えっ……組み上げたって、お前、ずっと俺と戦い続けてたんじゃ……」


「あぁ? お前、馬鹿か? 俺は妖魔だぞ。分裂するくらい朝飯前だ。まぁ……術を組むのと、お前の相手をするのを同時にするのはそこそこ手間だったから、二つに分かれるのが精一杯だったがよ」


「……なるほど、そういうことか。確かに分裂する妖魔とかたまにいたな……でも分裂すると大抵ひどく弱体化してたけど」


「そりゃ、よわっちい奴らはそうだろうさ。俺と一緒にするな。で、早速だが、転生するか? 発動させればすぐにでも生まれ変われるぞ。どこに生まれるかはなんとも言えねぇが……おそらくは縁深い家に生まれるはずだからな。さほど心配はいらん」


「そういうものなのか?」


「まぁ、普通の人間だとかなり無作為になってくるが、お前は気術士だ。強い真気を内包する魂は、大体寄り集まって似たような家に転生する。それに真気にも性質があるからな……それも近い性質の家にたどり着くようになってるのさ」


「へぇ……初めて知ったよ。気術士の家でも、輪廻転生の詳しい話なんて誰も知らなかった」


「だろうな。この辺は……まぁ、鬼の妖魔しか知らんだろう」


「なぜ鬼の妖魔はそんなことを?」


「言っただろう? 冥府には鬼がいる。奴らと少しだが、俺たちは交信することが出来る……だから魂には詳しい」


「それって比喩だったんじゃないのか……」


 てっきり、あの世には友達がいるからよぉ、みたいな適当な話をしてるんだと思っていた。

 本当に知り合いがいるとは想像もしていなかった。

 そもそも、冥府など本当にあるのか……。


「比喩でもなんでもない話さ……まぁ、そんな俺たちだって、冥府の詳しいことは知らないんだがな。閻魔大王がいて、その官吏として鬼がいるってくらいだ。大きな願いじゃなきゃ、力と引き換えに頼み事をすることもできる。せいぜいそんなものよ」


「頼み事って、あぁ、転生のことか……ん? 力と引き換えって?」


 少し引っかかって尋ねると、鬼は言う。


「俺の妖力全てと引き換えに、この転生術式が発動する。そのように組んである。妖力は全て冥府の鬼へと捧げられ……俺はそのまま冥府で働くことになる。つまりはそういうことだな」


「お前……何でそんなことを。黙ってこのまま後五十年も過ごしてれば、ここから出られるんだろ?」


 それなのに、俺のために無理をしてやる必要なんてない。

 だが、鬼は言う。


「俺にはもう、現世に大した目的はないからな。だが、お前は違う。復讐、するんだろう? まぁ、それがなくとも……自分がいなくなった後の家の様子とか見たいだろう。妹もいるって話だったしよ」


「それならお前も知り合いがいるって言ってただろうが」


「それはそうなんだが……鬼の奴らは、俺が冥府勤めになっても交信できるだろうからな。同格の奴らは……お前があいつらを冥府に送るかどうかしてくれ。そうすりゃまた会えるだろう」


「それもまた大雑把な話だが……」


「鬼ってのはそう言うもんだぜ。さぁ、こんなこと話してる間に時間が過ぎちまう。お前の目的の奴らも死んじまうからな。さっさと転生しろよ」


「……はぁ。分かったよ。でも……なぁ」


「なんだよ?」


「最後なんだ。名前くらい教えてくれないか」


「あぁ……? そういや教えてなかったか」


「そうだよ。俺は教えてやったのに」


「別に名前なんてどうでもいいちゃいいが……そうだな。俺の名は、温羅うらだ。覚えておけ。そうすりゃ、もしかしたら……また会えるかもしれねぇからな」


「温羅……って、まさかお前、吉備……!?」


「いいから、行けよ。じゃあな」


 そう言って、温羅は俺の背を、どん、と押す。

 すると、一体いつの間に現れたのか、光り輝く巨大な陣が地面に展開されていた。

 複雑な紋様、梵字、漢字などで形成されたそれが強大な真気を宿し、稼働する。


「じゃあな、タケル。お前の幸運を祈ってるぜ」


 そんな声を最後に、俺の視界は真っ白に染まったのだった。

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