第3話 鬼の頼み

 転生だって?

 そんなこと……出来るのか?

 いや、輪廻転生があることは、気術士として知ってはいる。

 けど、生まれ変わったらそれで終わりだ。

 ここを出られたとして、全ての記憶を失い、新しい生命として現世に舞い戻ったところで、意味は……。


「バッカ、そういうことじゃねぇよ。俺が言ってるのは、記憶を保ったまま・・・・・・・・での転生のことだ。俺が使うつもりだったんだぞ? 全部忘れたら意味ねぇだろうが」


 そんなことが……。

 だが、転生するためには三途の川やレテ川の水を飲むことになるから、その時点で記憶を失うはず……。


「それはそこを経由すればの話だ。俺は裏口を通してやれる。そうすりゃ、忘却の水なんて飲まずに済むさ。冥府の鬼にも知り合いはいるからな……。ただ、これをやれるのは一回きりだ。二度やれば流石に閻魔大王にバレる」


 お前……そんな貴重な機会なら会ったばかりの俺なんかに使うより、自分のために使えよ。

 もしもの時のために取っておいたんだろうが。


「……お前も会ったばかりの、しかも妖魔に気を遣ったことを言うんじゃねぇよ。妖魔を目の敵にしてる陰陽師……じゃないか、今は気術士なんだろう? それならすんなり受け取っておけ」


 別に……話した限り、お前はそんなに悪い奴に思えないだけだ。

 それに、ここに死んで魂だけで閉じ込められた時点で、もう正直現世のことなんてどうでもいいからな。

 お前がここを出て、何をしようが……あぁ、いや、妹だけ心配だから、もしも出ても妹には手を出さないでくれ。

 それくらいだ。


「妹? へぇ。別に俺は食人鬼じゃねぇから構わないが……というか、だから俺はここを出ないっての。お前にその機会は譲るんだ」


 だからお前が出ろって言ってるだろ!

 俺は……。


「しつこい奴だな……もう決めたことだ。ただ、あまり期待はしすぎるな。正直、転生の術は難しくてな。組んで発動させるのに何年かかるわからん」


 ……え?


「少なくとも、一、二年じゃ無理だな。十年でも厳しいか……。たぶん半世紀くらいかかるから気長に待っておけよ」


 意味ないじゃないか。

 その時にはあいつら死んでるんじゃないか……?


「真気を持ってるやつはしぶといだろう。お前まだ十代だろ?」


 十五だ。


「他の奴らも似たようなもん……ってことは、六十七十ならまだ生きてるだろ。そしてここからが重要だが、そこまで長生きしてれば大切なものばかりになってるのが人間だからな。お前も復讐のやりがいがあると思うぞ」


 ……なるほど。

 流石、妖魔だな……その発想はなかった。


「だろう! ま、後は、それでも死んでたらスッパリ復讐なんて忘れて生きるのもいいかもしれねぇな。少なくとも、俺は千年前の恨みはかなり薄れてるからな。今更って思うぞ」


 千年前……ここに封じられた恨みか?


「そうだ。最初の頃は一族郎党皆殺しだ、と思ってたんだがなぁ……すっかり丸くなっちまった。だからお前にもすっきり機会を譲ってやれるよ」


 はぁ……そう言うことなら、わかったよ。

 受け取ってやる。


「ははは、偉そうに。まぁ、いいだろう。ただ五十年待てるか? 念のため言っておくが、しっかり意識を保ってないと消滅するぞ」


 えっ。


「魂というのは脆弱だからな。幸い、ここには俺とお前以外いないから、外部からの霊的な刺激は極めて少ない。ただ、刺激がないということは意識が薄れていくということでもある。だから何かしらの刺激が必要だが……」


 一体どうすりゃいいんだよ……。

 何にも手立てが浮かばないぞ。


「だろうな。そこで提案だ。お前、少しここで修行していかないか?」


 修行?


「あぁ。お前の目的は、現世に戻って復讐することだろう。そのためには強さが必要だ」


 言われてみると……そうだな。

 うまく暗殺できればとか思っていたが、熟練の気術士相手にそれは普通の力じゃ無理か……。


「だろうよ。だから、俺が戦い方を教えてやるよ。気術の方は転生してから自分でどうにかしてくれ。以前のお前じゃ、真気を扱えなかったみたいだが、転生すれば体が変わってるからな。扱えるようになっているはずだ。というか、そうなるように冥府の鬼に交渉しておいてやる」


 気術じゃない戦い方を教えてくれるってことか?


「俺は元々、剣鬼だからな。教えられるのは、剣術だけだ。疑似的な体も作ってやるよ……ほら」


 言われて、ふと気づくと、


「おっ、えっ、声が出る……手もある……!!」


 俺に体が出来ていた。

 裸ではなく、椅子に腰掛けてる男とよく似た、着流姿である。


「あくまでも疑似的なもので、本物じゃないけどな。だから、劣化しやすい状態にあることは変わらない……そこを俺が剣術で鍛え続けることによって、意識を長らえさせるわけだ。だから手加減はしない、厳しい修行になるぞ。覚悟はいいか?」


「あぁ……何から何まで、悪いな……」


「何、気にするな。あぁ、でも願いを聞いてくれるなら、一つ頼まれて欲しいんだが」


「何だ?」


「さっき言っただろう。俺の知り合い……」


「あぁ、同格の奴とか、鬼が何人かとか言ってた?」


「そう、それだ。鬼の方はまぁほっといていいんだが、同格のやつって……あれなんだよな」


「あれ?」


「あぁ。俺と同じように封じられてる。この封印、さっき気づいたが、綻びが出来かけててな。他の封印も同じだと思うんだよな」


「……つまり?」


「放っておけば封印が解けて、俺と同格のやつが解放されちまう可能性がある。ここが一番強力な封印で、見る限り百年くらいはまだ持ちそうだが他のは期待出来ん。加えて、俺は見ての通り、温厚だから解放されたところでひっそり生きて行ってただろうが他の奴らはちょっと……暴れるのが好きなのとかいるからさ」


「倒さないとまずいのか……?」


「お前が転生するその時まで、世界が残ってりゃいいな」


「おい……!」


「冗談だ。だが、見つけ次第、倒すなり屈服させるなりしないとまずいのは本当だ。だから頭の片隅にでも置いておいてくれ。どこに封じられたのかは俺も知らないからよ」


「それって、もしかして復讐より大変なんじゃないか……?」


「ははは。そうかもな。でも頼むぜ」


「……はぁ。わかったよ」


「よし、じゃあ訓練を始めるか。そろそろお前、やばそうだし」


 見れば、何となく意識がぼんやりしつつあるのを感じた。

 確かに不味そうだ。


「まずは、基本が身につくまで素振りだ。いいな」


「あぁ」


 そして、修行の日々が始まった。

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