第2話 提案

 永遠とも思われる苦しみ。

 それがふっと消えて、どれくらい経っただろうか。

 もはや何の感覚もしない……。

 そう思っていた俺の耳に、ふと、何か音が聞こえてくる。


 ──きろ──。


 なんだ?

 なんて言ってる……?

 そもそも一体誰だ。

 俺は……重蔵たちによって、殺されたのではなかったのか。

 そんな俺の耳に、一体どうしてこんな声が聞こえる……。


 ──お──ろ──。


 だから、なんて言ってるんだって。

 分からないよ……。

 聴く気力も、俺には……。


「いいから起きろってんだ! この馬鹿野郎が!!」


 唐突にはっきりと聞こえたその声に、俺はびくり、と目覚める。

 いや、目覚めたのか?

 それそら判然としない。

 意識は、確かにさっきよりずっとはっきりした気がする。

 しかし、俺の目にはほとんど何も見えないのは変わらなかった。

 周囲は真っ暗闇だ。

 夜だとか暗いところに閉じ込められてる、とかそんな感じではない。

 本当にただ真っ暗闇がどこまでも続いているような、妙な場所だ……。

 

 もしや、死後の世界か?


 それならありうる。

 俺は確かにあの時、慎司の結界術によって全ての真気を吸い取られて、死んだのだから。

 彼らが鬼神島を去る直前に意識を一度失ったが……俺にとって不幸だったのは、それだけでは終わらなかったことだ。

 あの一瞬で吸い切れるほど、俺の力は小さくはなかったようで、その後、何度も断続的な痛みと苦しみと共に、目が覚めたのだ。

 そして、気を失い、また目が覚め……地獄のような時間がずっと続いた。

 しかし、そんな苦しみもなぜか唐突に終わって……そして今に至る。

 ということは、全ての真気が吸い取られて死んだ。

 そう考えるのが論理的というものだろう。


 けれど……。


 妙なのは、死んだにしては不思議とはっきりした意識に、この何もない殺風景な場所だ。

 死後の世界というのは、天国にしろ地獄にしろ、もっと賑やかなところではなかったのか?

 仏様も地獄の鬼もいない……。


「いや、鬼はいるぜ、ここに」


 え?

 そうだ。

 そう言えばおかしな声が聞こえていたんだったか。

 その声が聞こえてきた方向に俺は意識を向ける。

 するとそこには、妙な椅子に細身の男が一人、腰掛けていた。


 お前は……。


「あ? 何だよ。お前……他人行儀だな。古い付き合いだろうが」


 返答してきた男の顔立ちは端正で、その瞳は赤かった。

 髪色は黒色で、全体的に日本人の持つ色合いなので、とにかくその瞳だけが異様に見えた。

 その奥底にあるものも……見たことのないようなものの気がした。

 そうだな……枯れた憎しみ? あるいは、深い倦みか……。


「……なんだお前、記憶が……? いや、そうか。違う・・のか? じゃあどうやってここに……。おい、お前、経緯を話してみろよ」


 経緯って……何のだ?


「お前がここに来る直前の記憶だよ。まさかそれすら覚えてないのか?」


 いや……俺は……。


 そして、俺はその人物に、あったことを全て洗いざらい話した。

 途中、怒りと憎しみでどうにかなりそうだったが、ここで出来ることは他になさそうだったから。

 というのも、体を動かそうとしても一ミリも動かないのだ。

 ただ、男の存在だけが、暗闇の中に浮かぶ月のようにはっきりしていた。

 地獄とはこういうものなのだろうか。

 それとも天国か?

 そんなことを考えながら俺は話し続けた……。

 そして最後まで聞いたところで、男は笑って言った。


「なるほどなぁ……こりゃあ面白い。お前も俺と似たようなものか」


 似たようなって……。


「ここに閉じ込められている、ってことよ。俺はここに封じられてるんだ。千年もな」


 ……聞き間違いか?

 千年とか聞こえたが。


「何にも間違いじゃねぇ。というか、お前、俺の分体を見たんだろう? 割と頑張ったみたいだが、結局ダメだったか。まぁお前が結界術の起点になったんだったら、どうにもならなかったのは納得だがな……」


 そこまで男が話したところで、俺は、あっ、と思う。

 もしかして……こいつは……。


「お、察したようだな。俺は、お前たちが鬼神島で見えた鬼だよ。外に出ようとしてたんだろう?」


 鬼……!!

 あの妖魔の首魁か……!!


「その言い方は微妙な気がするが、お前たちがそう呼んでたものだってのは間違いないな」


 言い方が微妙って……?


「俺は別に妖魔の首魁ってわけじゃない」


 だが、お前は確かに大量の妖魔を呼んでいたじゃないか……。


「ん? あぁ、そんなに他の妖魔が現れてたのか? だとしても、別に俺が呼んだわけじゃないぞ。むしろ逆だ」


 何を言って……。


「俺の力は大きいからな。どうせ弱っちい奴らが俺の力のおこぼれに与りたくて、集まってきてたんだろう。俺の妖気を浴びれば、雑魚でもそれなりになるからな。後は……まぁ、あわよくば俺を殺そうとしてたんだろうさ」


 なぜ妖魔同士で殺し合いなんて……。


「別に妖魔は一枚岩じゃないし……そもそも俺は、大抵の妖魔とは敵対してる。仲間なんてほぼいないさ。鬼の一部と、同格の連中が何人か……あいつら今、何してるんだろうなぁ……」


 しみじみとしたその声には、嘘はないように思えた。

 そもそも、こんな場所で嘘を言ったところでしょうがないようにも。

 こいつの言葉を信じるなら、こいつはここに封じられているのだから。

 というか、それが事実なら俺もそういう状態なのか……?


「そうだぜ。千年退屈だったからな。来たのが誰でも、話し相手にありがてぇが……ただ、あれだよな。お前、ここでずっと俺の話し相手とかは……」


 勘弁してほしいところだ。

 そもそも、俺はここを出て、あいつらに思い知らせてやりたいのだ。

 だが……この状態じゃどうやっても……。


「あぁ、状態、状態ね。そもそもお前死んでるもんな」


 ここではっきりとそう言われて、俺は驚く。

 死んでる?

 やはり死んでるのか、俺は……。

 だけど喋れているし……。


「いや、喋れてはいないぞ。俺がお前の意識を読み取っているだけだ。既に肉体も滅びているし……魂だけだな。お前は」


 魂、だけ……?


「なんだ、気づかなかったのか? 死んだ直後だから仕方ねぇか……? 体が動かないだろ。せいぜい視点を変えるくらいが関の山なはずだ。その視界だって、光を見てるわけじゃなくて、俺の魂そのものを見てるだけだろうがな」


 だから、こいつの姿だけが見えるのか……。


「そういうこった。しかし困ったな。俺はお前としばらく話していたいが……お前は、嫌か」


 正直、話してると妙な落ち着きを覚えるのは確かだ。

 年長者に話を聞いてもらっている感じというか。

 いや、本当に千年ここにいたというのなら、信じられないほどの年長者か。

 鬼とはいえ。


「はははっ。その通りだな。年長者、か……ふん。まぁそうだな。俺も長く在りすぎたか……。おい、お前、名前はなんて言うんだ? 北御門のやつだろ?」


 なんで苗字を知って……。


「それはいいだろ、ほら」


 ……たけるだよ。


「ほう、タケルね……。よし、タケル。お前、俺の話に乗らないか?」


 話って、何のだよ……。


「ここを出る話だ」


 出られるのか!?


「あぁ、出られる。ただ……普通の方法じゃ無理だ。そもそもお前は死んでる。出たところでそのまま仏様の元へ直行だぜ」


 ……それは困る。


「だろう。だから、俺が少し手を貸してやる。もしもの時のとっておきに残しておいたが……久しぶりの話し相手だ。お前になら機会を譲ってやってもいい」


 機会……?


「そうさ。魂を現世に戻す。新しい命としてな……つまり」


 つまり?


 ──転生だよ。


 そう言って、鬼はニヤリと笑ったのだった。

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