EP2




「んぅ〜⋯⋯⋯⋯」


朦朧としている意識の中、痒すぎて狂ったように背中をかきまくる。


「あぁ〜っ!!」


あまりに痒すぎて一気に目が覚める。ガバッと雑魚寝している状態から一瞬で起き上がり、山元は立ち上がった。


「さっさと風呂に入ろう」



それからあっという間に時間は過ぎ、気付けば無表情で頭をドライヤーで乾かしていた。


'俺⋯⋯落ちたんだよな'


百均で買ったミニ鏡に映る、どう考えても地獄にいるような目つきで眺める悲しき青年の姿が映っている。


どうしよう⋯⋯。俺、就職浪人するべきなのか?


髪がオールバックに吹いているのにもノーリアクションで鏡に映る自分を見つめた。


「はぁ」


 こたつに座って正面にあるモニターに電源を入れると、Ytubeが開く。山元は検索欄に「就活失敗、今後について」と検索してインフルエンサー的人物が饒舌に話しているのを、○ヤングにお湯を入れて待ちながら見ている山元。


『大丈夫です!日本企業は新卒の方が有利に働くのが今までの流れから見えています!』


「おぉ〜やっぱりそっちの方がいいのか」


『なので、しっかり次の戦いに備えて、スキルアップをしたり今できる事を着実に行っていきましょう!大丈夫です!皆さんなら可能です!』


思わずホッとした。この人は自分と似たような境遇で、そこからやり直して今の立場まで行ったのか。


「あぁ〜○ヤング出来たわ」


こたつに移動して水と箸を確認してから手を合わせる。


『それじゃあ皆さん気になりますよね?次の戦いに備えろと言っても、じゃあ何をすれば良いのか?それはですね、こちらの──』


その瞬間自分はコメント欄を流し見していた。


ーー草。前一回書類公開した時、コイツしっかりESとか評価関係ほとんど好成績だったから。騙されんな


ーー同士よ、止めておけ。安心できん。それ相応の経験を積んどかないと後で後悔するし、大抵のやつは無理だぞ。


「おいおい⋯⋯嘘だろ?」


否定的な意見や肯定する意見の半々なコメント欄に不安が体中を支配する。


今こんな風にしていていいのか?もし経験や何か書ける事が無かったら?


麺をすすっているはずなのに⋯⋯死んだように口がパサパサしている。


「はぁ〜」


数回水が喉を通る。だが嫌な感覚のするパサパサ感が直らない。どうすればいいんだ。


「何か他にないか?」


 関連動画から就活に関しての動画を片っ端から見まくった。


だが、見ているのは問題ないなんかの応援系の動画だ。無意識に今自分がこうなっているのは悪くない事⋯⋯と、この状況から脱したくて仕方ない自分を肯定しながら動画を見る山元。


「あっ、1限の時間だ」


気付けばもう大学に行く時間だ。山元はすぐに秋仕様の防寒装備に着替え、急いで駅に向かった。



**

'ちょっと早めに着いちゃったな'


ほぼ毎日歩く駅のホーム。余裕を持って着きすぎた山元は、自販機で○ATCHを買う。


「あぁ〜さみぃ⋯⋯」


手を擦りながらガラッと落ちてくる飲み物をしゃがんで取り、そのまま一口飲む。


「やっぱうめぇな」


そのまま二口飲んでからポケットにある自分のスマホを取って一つのアプリを開いた。


「今日も更新⋯⋯あっ、されてる」


 何をやっても中途半端。幼い頃、少年の山元は当時TVでやっていたK-1をみてキックボクシングをやりたいと両親に伝えてすぐに通い始めた。

 しかし半年もしない内に飽きて辞めた。次は水泳、その次はピアノ。何をやっても飽きては辞め、また始めては辞める。


 幸い両親は両方医者で、殆ど家に帰って来ない。とりあえずAineで伝えると、すぐに「分かった。紙とか置いておいて」と返事があってすぐにまた新しいことを始める。


勉学もそう。

塾だけで3つ程通った。だがどれも長続きしない。


だけど何とかギリギリ偏差値56程の大学へ進学し、そのまま自堕落な生活を始めた。


 まぁ⋯⋯簡潔に言えば、適当に人生を生きてきたというのが、この青年に当てはまる言葉として正しいと思う。何をやっても中途半端で、特別能力もない。だがこれと言って悪い奴か?といえばそれ程でもない。人畜無害な奴。


そんな彼が中学3年になる前の時の事だ。

アニメが好きな彼が初めて出会った小説があった。○ク○ムオンリーというタグである一つの小説が投稿された。


名前は──"世界の終わりの中で生き抜く方法"だ。

アニメとかが好きな彼がわざわざ小説など読むつもりも無かったが、つい少し読んでみようと気まぐれにもそのページを開いた。


ジャンルは現代ファンタジー。しかも結構星がついている。だが致命的なレビューコメントがあった。


ーー絶対読まない方がいい。

ーー飽きる。掴みは良かったのに何でこうなった?

ーー他のレビューに同意見。とにかく主人公が頭悪すぎる。どうにかした方がいい。


ーー発想は悪くはないが、それよりも作者が初心者なのかっていうくらい文章力がなさすぎ。語彙力も無いし、視点がバラバラ。これをどういうつもりで書いているのか問いただしたいくらいだ。


辛辣なレビュー達に当時は困惑した山元だったが、初心者でも内容が面白いからこういうレビューが来るだろうし、事実いいねもかなりあるのだ。


そのまま画面をタップして読み始める。

確かに掴みは面白い。だが確かに文章力が皆無だ。何を思って書いているのかがあまり伝わりづらい。それでも何となく伝わるし、恐らく内容は良い。


小説という好きではないジャンルだったが、作者と一緒に自分も勉強しながら読んでみようと意気込む彼だった。

 最初は語彙力を身につける為に文章系じゃない本を買って貰ってコメントを打った。返信はなし。


'余計なお世話だったかな?'


意外と投稿が始まってからそこまで時間は経っておらず、最古参と言っても差し支えないレベルだろう。まだ出始めてから10話ほど。


それから11話が投稿され、開いて読んでみると不思議な事に、コメントを送った部分がしっかり使われており少し嬉しくなった。


「きっと作者は隠れて読んで使ってくれている」と。それからも作者と一緒に勉強しようと人生で一番勉強とモチベが上がる。内容も面白い為毎日毎日読み続けても飽きない。


だが、68を過ぎた辺りでめっきり人が減った。まぁ⋯⋯納得はする。


内容を少し説明すると、主人公である林聖也。

両親も優しく、何不自由ない生活を送っていた。いつものように学校で授業受けていると、突然不思議な生物が教壇の上に浮きながら現れ、生き残りをかけたゲームが始まると嬉しそうに言い放つ。


そしてその日から、平和などという当たり前が崩され、ゲームという名の生存を賭けたシナリオが始まっていく。

殺伐とした世界へと変わり、まさにパニックとなって次第に順応していく。


まぁこんな所だ。何もおかしい所は無いだろう?きっと誰もがおー!と思うはずだ。


だが──だ。

主人公の能力のせいでこの面白そうな話が地獄のような展開に変わっていく。


ドンドン閲覧数が下がっていき、遂に134話程で閲覧数が1となった。1は勿論俺だ。まぁ、一話2000文字くらいの話だから中々進まない。


そして──。


「あっ、待った」


山元がアプリ内で更新先へ飛び、スクロールしながら思わず口角が上がる。


正直、自分の人生は地獄みたいに悪いと、言い訳かも知れないがそう声に出したい。


 学生時代もイジメられ、かなりメンタルもやられた。勉強も頑張っていたのにも関わらず、こうやって結果が出せずに下を向きながらスマホを見るしか脳のない変な22歳が出来上がるんだよ。


そんな俺だが、唯一この小説だけは読み続けた。面白い発想も勿論だが、妙にリアルな世界観に心理描写。そして本当にあるかも?と思える設定に細かい技や動きの描写。


恐らく他の人間なら、細か過ぎる戦闘描写に一話使ったり、ただの空や降臨する描写に一話使わないだろう。だけど、俺は面白いと思ったし、この人はきっと⋯⋯全部伝えたいという熱い気持ちがこっちまで伝わってくる。


まぁここまで言ったが、とにかく俺にとっては⋯⋯この小説は自分と一緒に歩んできた作品であり、人生のモチベーションだった。


そんな小説の画面に──最終話と画面に表示された。


思わず口角が上がるが、寂しくもある。

今まで毎日?なんなら途中から4話5話以上の投稿もあったが、7年近く読んできた小説が最終回を迎えるからだ。


'最終回っていうのに、こんなホームじゃカッコつかないよな'


山元は微笑みながらアプリを閉じて大人しく電車を待ち、学校へと向かった。

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