EP1




**

『まもなく、二番線に電車が⋯⋯』


「あっ⋯⋯」


周りの冷たい眼差しに気付いた俺は、何故かを理解するのに数秒掛かった。


⋯⋯ポケットから鳴っている着信音だ。


「やっべ。誰だ?こんな状況なのに〜⋯⋯」


間の悪いクソみたいなタイミングで着信音が鳴りスマホを確認すると、着信相手は面接先の中小商業からだった。


少し舌打ちをする。

俺はこれから電車に乗らないといけねぇんだよ。なんでこんな最近タイミングが悪いんだよ。


反対の手に持っていた○ATCHを、背負っているリュックにすぐに仕舞う。


「遅刻確定だ」


一秒ほど溜めてからウザそうにそう吐き捨てる。毎日ギリギリで電車に乗っているツケがここに来て抉ってくる。

⋯⋯ふざけんなよ。しかもここで出たとて、騒がしくて絶対印象悪いよなぁ⋯⋯。


本当最悪。


青年はそのまま急いで改札まで走り、駅前へとつく。


「はい!山元です!」

『お忙しい所申し訳ありません。こちら大塚商事ですが、今お時間御座いますか?』

「はい!勿論です!」


'ある訳ねぇだろ馬鹿が'


返事の口調と心の中では180度違った表情を見せる山元。

それもそう。通行人とすれ違う度に、周りの視線がそれを感じさせている。


そう、耳に当てている山元の表情がなんとも言い難いほど酷い。


隈だらけの両目。キノコではないが、ボサボサマッシュ風黒髪。服装もなんともお洒落なんて考えていない上下セットの黒Tシャツに黒ジャージ。


まだこの歳だというのにお洒落すら気を遣っていない。


そして肝心の表情は──苛立ちで血管が破裂しそうなほど歯をギシギシ鳴らしそうな力が入っている口元。ピクピク動く眉。まぁ通行人からすればそんな顔をしている男の近くには居たくはないだろう。


『そうですか!良かったです!』

「はい!合否の件でしょうか?」

『そうなんですよ〜えーと、山元さんの合否は⋯⋯と』


電話口の向こう側から書類の音が聞こえる。表情とは裏腹に、山元はドキドキしていた。


もう他の企業からはお祈りを貰ってる。もしここが落ちれば⋯⋯俺は終わりだ。


山元はこの半年間の間でほとんどの大手からは断られ、今は中小への就活に励んでいた。インターンやその他の活動などしておらず、書類だけで大抵お祈り。


やっとの思いで最終選考まで勝ち上がったのだ。ここが落ちれば俺の人生──終わりだ。


就職浪人でもしろってか?同期達はどんどんキャリアを積んでそれぞれの道へと羽ばたく中⋯⋯俺だけ置いてけぼりかよ。


『あっ、あった』


 山元の心臓は人生で一番というほど鼓動を早めている。携帯を持つ手が手汗で滑りそうになり、背負っている背中も心無しか軽く汗をかいているようにも感じる。


「はい⋯⋯」


山元がそう発してから、返ってくる言葉が無い。恐らく担当の人は受かっていたと思ったのだろう。しかしこの反応は気不味い。


「あ、あの⋯⋯」

『あっ、えっと⋯⋯今回はご縁が無かったようでした⋯⋯ははは⋯⋯』


最悪だ。もうとっくに他の所は応募タイミングを過ぎているし、次の選考もいつかは分からない。


終わった。


「あ、有難うございました」

『いえ!今後のご活躍をお祈り申し上げます』


トゥルン。

腕を下ろしたスマホに映るのは通話終了の画面。その場で山元は瞬きも出来ずに立ち尽くした。


周りの音が止み、もう自分の人生に未来なんて無いと絶望すら覚えていた。


いつからだろう。適当に人生を生きていたのは。


どれだけの時間が経ったかは分からないが、気付けば自分が何者かに身体を抑えつけられていた事に気付いた。


「君!何をやってるんだ!!正気に戻りなさい!!」


っッ──。

俺は羽交い締めにされながらそれでも負けまいと駅前にある周辺地図案内の棒を本気で蹴っていた。周りが見かねて警察を呼んで今の状態になったのだとすぐ理解できた。


「あ、あれ」

「す、すみません」


お互い少し間が遅れて会話をしていた。暴れ狂っていた青年が急に正気に戻れば驚きもするか。



**

「それで?なんであんな事しちゃったの?」


それから数分も経たない内に交番の中で事情聴取を受けていた。


「いや──気付いたらああなってて」


自分でも訳が分からない。何でこんなことになったんだろうって、話している自分も理解できてなどいない。


「何か理由があるわけでしょ?障害でも持ってるの?」


無意識に太腿に軽く置いていた拳に力が入った。


分からない。確かに自分がいけないし、周りに物凄く迷惑を掛けたことをしているのも理解できている。だけど⋯⋯障害者扱いかよ。


クソッ!なんで──。

なんで──。


そんな事を内心思っている山元もそれから10分程経ち、相手の警察官も少し同情したのか、こちらを諭すような口調で俺に言葉を掛けてくれた。


「気持ちは分かるよ、だけどさ、あれはやっちゃいけないんだ。おじさん達も怒られちゃうからさ⋯⋯ね?」

「はい、本当にすみませんでした」


深々と頭を下げる。俺にはもうこれしかすることが無い。金は特別多く持ってないし、何か別の事で支払えるわけでもない。


「分かればいいから!ね?大学生ならもう講義始まってるでしょ?今回は多めに見るから、もう行って大丈夫だよ」


警察官の言葉に俺は無意識に号泣していた。人生に希望などない自分の行いに、そしてこれからどうすればいいか分からない暗闇の森の前に立った感覚。


「頑張ってね!!おじさん達も応援してるから!」

「⋯⋯はは、有難うございます」


両手をリュックの紐に手を掛け、丸まりながら駅へとトボトボ歩いていく。


『2番線⋯⋯電車が──』

 


「ただいま」


気が付いたら家に帰っていた。もう大学に行けるようなメンタルでは無い。


「あぁ〜手を洗わないと」


とてもそんな気持ちじゃない。行ったところで周りは内定何社だの、マウントの取り合いなんだからな。


「いただきま〜す」


着替えもしないで弁当とカップ麺の蓋を開ける。

死んだように無音で食べ尽くし、片付けを忘れてそのまま部屋で横になった。

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