第4話 脚立女のこと

 私が小学生の頃、「脚立女きゃたつおんな」と呼ばれる女性が出没した時期があります。


 脚立女と言うと『ショムニ』を連想されるかもしれませんが、こちらは4〜50代のおばさんで、いつも同じ水玉のワンピースを着ていました。

 彼女は毎日午後3時くらいになると、自宅の2階の物干し台に脚立を立て、その天辺に座ります。

 そして黒い雨傘を広げつつ、眼下を通り過ぎる小学生を見つめることを日課としていました。

 脚立女の家は小学校のすぐそばで、私も通る通学路に面していたんですよね。ずいぶん高いところからじっと見下ろされるのはかなり不気味でしたが、まあ他に害があるわけでもなかったため、近所の大人達もほっといたようです。

 しかし子供の適応力というものは大したものですから、現れだした当初こそ話題になりましたが、2か月もすれば誰も気にしなくなっていました。

 余裕ができると冷静に観察でき、実は彼女がブツブツと数を数えていることが判明しました。

 脚立女は下校する小学生を1人2人と数えていたんです。

 よく交通量を調べる人が道路脇に座り、通過する車や人を数えているのは見ますよね。雰囲気はああいったかんじですが、しかし脚立女のほうは明らかに個人的な調査に見えました。カチカチと鳴るカウンターも記入する表も持っていなかったし、下校する子供の数を調べる仕事があるとは思えなかったからです。


 さて、ある晩秋の放課後、私は1人で学校を跡にしました。

 係の仕事があり、多分午後4時を過ぎたころだったと思います。

 日の暮れかかった道は、前にも後ろにも誰もいません。長い影を引きながら家に向かって早足に歩いていると、例の場所に差しかかりました。

 見上げるとその日も脚立女はいました。

 色褪せたトタンの家の2階、今にも崩れそうな物干し台の上に危なっかしく立てられた脚立。

 そのてっぺんに脚立女は腰掛けていました。いつものワンピースと広げた雨傘。

 逆光で影になった彼女は、まるで真っ赤な空の端に貼られた切り絵のようでした。傘をさしているので顔はよく見えませんでしたが、それでも彼女がこちらを見下ろしているのはわかりました。

 私はとっさに下を向き、更に早足で進みました。そして脚立女の家の前を通り過ぎようとしたとき、上から声が降ってきました。


「……ななじゅうさん……ななじゅうし」


 くぐもった呟き声が、何故かはっきりと聞こえました。

 私は咄嗟に後ろを振り返りましたが、やはり誰もいません。まるで棄てられた街の如く、辺りは静まり返っています。

 私は駆け出しました。家に着いたときには汗まみれだったのを今でも覚えています。


 脚立女はその後、いつの間にか姿を見せなくなりました。もはや皆彼女の存在に慣れきっていたのか、いなくなったことは大して話題にもならなかったように思います。

 しかし今でもわかりません。

 あの日の脚立女は、私の他に一体誰を数えたのでしょうか。

 今宵はここまでにしとうございます。

 それではまた。

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