女風

 『エデン』に在籍して2年。

相変わらず母の具合には波があるものの、最近はカウンセラーから紹介された地元の『認知症サークル』に参加したりして比較的穏やかな日々だ。

 レナも母の具合が落ち着いている事もあり、最近は気持ちの面で余裕も出てきた。


「ねえ、レナちゃん。女風って知ってる?」


 声をかけてきたのはレナの先輩のエレナだ。

 ハーフのような顔立ちで、一見するとクールなイメージだが甘えん坊な面があり、そのギャップが受けて指名を増やし、仲間内ではもうすぐナンバー入りを果たすと噂されている。


「女風?」


 首を傾げるレナにエレナはスマホの画面を見せた。


 『女性専用風俗リラクゼーションプレイス〜 Ciel(シエル)〜』とあり、その店名の下には『極上の癒しを貴女に…』の文字が並び、豪華なデザインと上質な文字が並ぶホームページが広がっていた。


「女性専用風俗の略なんだけど、分かりやすく言えば…女性が利用するデリヘルでね、今結構深夜テレビやTwitterで有名でさ!私も去年から利用しているんだ」

 

 かつて昔の吉原に女性が利用する女性用風俗店があったみたい話は以前常連さんから聞いた事があった。それが今やデリヘル的な形で存在しているのだろうか。有り得ないことではないが『風俗』という単語は男性が利用する印象が強かったから、『女風』という単語が存在しているのが、何だか不思議な感じがする。


 『女風』では展開している店舗が在籍している男性を『セラピスト』と呼び、予約はホームページ内の予約専用ページやLINE、またはセラピストが持つTwitterのDMだったりと様々だ。

 希望する日時、待ち合わせ場所を指定し、セラピストを選ぶ。

 通常のコースは食事やお茶、恋人のようなデート気分を味わえる【デートコース】、駅で待ち合わせ、もしくはそのままホテルで直接待ち合わせてから特殊なマッサージを施してもらいながら快楽を味わう【性感マッサージコース】の2種類があり、その他だとセラピストを独占出来る【お泊りコース】やセラピストが2人で性感マッサージを施してくれる【ダブルセラピストコース】まである。


 帰宅してから、Twitterで『女性用風俗』と検索してみると沢山の店舗やセラピストのアカウントが見つかった。更にその中でエレナが教えてくれた『Ciel』を検索してみると、数名のセラピストのアカウントがあった。


『カイト@シエル在籍セラピスト』

『シン☆女風セラピスト・シエル』

『ユメ@Ciel在籍セラピスト』


 レナは1人1人のアカウントをチェックし、ホームページ内の『セラピスト紹介』ページに飛んでみた。

 プロフィール写真は殆どのセラピストが顔にモザイクがかかっており、顔出ししているのは数人しかいない。服装はカジュアルな装いのセラピストもいれば、スーツを着こなした上品なセラピストもおり、その年齢も20代前半から〜50代までと幅広い。

 プロフィール欄にはセラピストの【年齢】、【身長・体重】、【血液型】、【性格】、【特技】、【貴女へのメッセージ】など事細かく記載され、その下にはセラピストが日々の出来事を綴っている【写真付き日記(写メ日記)】と1週間毎の【出勤日】が表示されていた。

 出勤時間は、ほぼ1日中の者もいれば、本業と掛け持ちなのか、会社が終わる18:00頃から終電間際までの者もいる。

 そんなセラピストのTwitterとCielのホームページを交互に見続け何人目かに差し掛かった時、


『ツカサ@シエル在籍セラピスト』

 女性専用リラクゼーションプレイス・シエル在籍。

40代新人ですが貴女を癒す為、日々精進いたします。


 ツカサという新人セラピストのアカウントで手が止まった。


「…ツカサ」


 ホームページのプロフィールを見てみると、


名前 ツカサ(新人)

年齢 40代

身長 172㎝ 体重 64kg

血液型 O型

体格 しっかり系

性格 優しい、温厚、大人、ダンディ

趣味 音楽、旅行

特技 オイルマッサージ

得意なプレイ オイルを使用したプレイ

貴女へのメッセージ

初めまして。ツカサです。遅咲きの新人ですが、貴女に出会えた事に感謝し濃厚なお時間をご一緒に過ごせたら、と思っています。


 写真を見ると、書斎の様な背景にスーツ姿で座っているツカサがいて、顔にモザイクがかかっているものの、どこか物静かそうで年齢のせいか他のセラピストには無い大人な雰囲気が写真から感じられた。

 再びツカサのTwitterに戻ると、ツカサの呟きは写メ日記の更新情報が主で、自身の事に関しては余り呟いていないみたいだ。

 レナもTwitterはやっているが、ツカサと同じ様に呟く事といえば、写メ日記の更新や出勤前に立ち寄ったコンビニで見つけた新発売のドリンクやスイーツ、または昼ご飯の写真に、たまに下着姿で男性の性欲を煽るモザイク処理をした際どい自撮りくらいだ。

 ツカサのTwitterのプロフィール欄の1番最後には『こちらから営業は致しませんので気軽に絡んでください』とあった。

 レナもフォロワーは何人かいるが、たまにホストからフォローされ営業DMがくる事がある。それがたまになら良いが、営業じみた内容のDMを続け様に送られると、逆に相手への興味が失せてしまう。そんな経験もあり、ツカサの様に最初から「こちらから営業はしない」とハッキリ書いてあると、何だか興味が湧いてくる。それが相手の戦略だったとしても。レナは取り敢えずツカサをフォローしてみる事にした。


『レナさん。フォローありがとうございます。シエルのツカサです。よろしくお願いします』


 フォローして暫くしてからツカサからフォローバックと共にDMが届いた。フォローした事へのお礼だけが書かれた短いものだった。何か返した方が良いのだろうか。あまり長過ぎても困ると思い『こちこそ、フォロバありがとうございます』とだけ返信した。



 ツカサというセラピストのTwitterをフォローしDMを送ってから数日経ったが、特にそれからは何も無く、呟きも写メ日記の更新情報が殆どで、レナもフォローしたからといって「いいね」をしたりなどせず、更新された写メ日記を見たりするだけに留まっていた。


「レナちゃ〜ん」


 仕事が終わって着替えを終えた時、エレナから声をかけられた。


「Twitter見たよ、早速シエルのセラピさんをフォローしたんだね!しかも年上の新人さんじゃない。レナちゃんって年上好きだったんだ」

「違いますよ。フォローしたのは単なる興味です。そういえば、エレナさんが好きなセラピストさんって誰なんですか?」

「私はシン君っていうナンバー3の子かな」


 エレナは嬉しそうに自身のスマホ画面を見せた。レナも検索したTwitterのシンのアカウントだ。シンの写真は顔にモザイクはかかっておらず、髪は茶髪のウルフカットと今風の若者だ。


「私が女風を知って、初めて利用した時のセラピでね。今はアパレル関係の仕事をしながら、仕事のあとにセラピをやってるんだ」

「若いんですね」

「若いよ。年下だし。最初はねチャラチャラしてる印象だったけど、中身は凄い真面目で。まだぎこちなかったんだけど、一生懸命なところに何か魅力を感じて。最初は性感マッサージだったけど、今はデートコースが多いかな。私がこの仕事してる事を話したら、シン君も共感してくれてね、何か話してると楽しくて。ほら、この仕事って相談出来る人は限られるじゃない。ソープとセラピストは異なる部分はあるけど、同業者みたいだし、気楽に悩みや愚痴を言えるから、今は私の活力の元みたいな存在だね」


 シンの話をするエレナはどこか楽しそうで、明らかに女風ライフを楽しんでいる様だった。いや実際 女風というカテゴリーがエレナに与えた影響は少なからずあっただろう。  

エレナはレナが入る前、指名が伸び悩み待機する時間が多く、やり場の無いストレスで新規の客に悪態をついてしまい、口論になった事もあったという。そんな彼女が女風を利用し始めた事で気持ちが満たされ、利用する側の気持ち、もてなす側の気持ち両方を理解出来るようになった事で接客態度を改めたのなら、今のエレナがナンバー入り間近なのも納得がいく。


「で、レナちゃんはいつ会うの?」

「え?」

「その年上のセラピさん。いつ予約入れたの?」

「まだ予約は入れていませんよ。今はただTwitterや写メ日記を見ているだけですし」

「なんだぁ〜。じゃあ、予約入れたら教えてね!」


 エレナは面白いおもちゃを見つけた子供のような無邪気な笑顔で去って行った。

 女風を知ったからといって、今すぐ予約を入れる気には正直なれない。自分には仕事があって、終われば帰って母のケアをしなければならないし、母の事が何より大事だ。今は自分の事に時間とお金を使うなど考えられなかった。

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