【悲報】サムライ女、やらかす。

伽藍

出会いは突然に、サムライ×妖精

 何と綺麗な初日の出なんだ。今年こそはツイてるぞ。



 ――数時間前までの彼女はそう思っていた。新年早々、こんな出来事に遭遇するまでは。


「その刀でどんどん悪を斬っていくメロ〜!」


 妖精が彼女の耳元で囁いた。少女の名前は麻里アサトマチ、至って普通の女子高生である。袴を着飾ってこなれた姿勢で刀を握っているだけの、普通の女の子。


 少し遡ること2時間前に事件は起こった。朝日を浴びて気分良く山道を下っていたマチは、林道の隅に落ちていたある生き物に出会った。


「……何これ」


 マチは担いでいた模擬刀を使って毛むくじゃらのそれを突く。白い体毛と少量の血液が混じって紅白を連想しつつも不安な気持ちを抱えているのも真実だ。


 しばらくの間突いていると、それはゆっくりと体を動かしてマチと目を合わせた。


「……助けて、メロ……」

「うわ喋った!?」


 大きく体を仰け反らせて驚くマチと対象的に白い奴は淡々と語り始める。


「……もしかして、救援部隊メロ……?」

「何を言ってるの? 拙者は孤独なんだが」

「せ、拙者……? 個性強いメロね……」

「その傷はどうしたの? 転んだ?」

「襲われたメロ……大きなモンスターに!」


 モンスターと言われて思い付くのがスライム程度のマチにとって、目の前の生き物ですら深い抵抗感を抱くのは至って普通のことだ。


 それでもマチはとりあえず話だけは聞いてみることにした。どうせ家に帰っても両親は仕事でいない、いつものように暇を潰すよりも正月らしく有意義な体験をやってやろうといった魂胆もあった。


「その刀は何メロ?」

「これは、趣味」

「すごいメロ……! 君なら立派なになれるメロ」

「拙者は侍なんだが」


 マチは現代に生きる侍である。しかし、他人から言われたことは一度も無ければ自称に過ぎないが。模擬刀を持ち歩いているのもただ彼女の趣味なだけだ。


「……某の名前は何?」

「一般妖精だから名前は無いメロ……」

「メロっち。メロっちに聞きたいんだけど、キューターって何? あのーテレビでよく見る奴なの?」

「よく分からないメロ……キューターは妖精達と一緒に戦ってくれる人のことメロ! ボクと一緒にモンスターを倒してほしいメロ」


 ここまでくるとマチの不安は好奇心へと入れ替わっていた。メロっちが何を言っているか半分は理解していないが、とにかく正月に相応しいとマチは感じ取っていた。


「じゃあ拙者はどうすれば良い?」

「手を前にだすメロ。そしたら君も強くなれるメロ」

「強く……なれるのかッ!?」


 強さを求めるのは彼女が侍だから以外の理由は無い。マチは躊躇無く手をメロっちの前に差し出し、それを妖精は嬉しそうに見つめている。


 メロっちに触れられたマチの右手は一瞬光り輝くとすぐに治まり、代わりに変な紋章が手の甲に刻まれていた。


「これでその刀を振ってみるメロ!」

「振るって……こうか?」


 模擬刀を右手に持ち替えて勢い良く振るうと大地が震え、そこら辺に大量に生えている自然の木々が真っ二つになり強風が吹き荒れる。


 幻のような光景に驚きはしたが彼女はすぐに受け止めた。正月だし、こんな事が起こっても仕方ないだろう……と、案外心に余裕があるからだ。


「環境破壊をしてしまった……」

「大丈夫メロ〜モンスターを倒したら治るメロ!」

「便利だね。もうちょっと素振りしていてもいい?」

「そんな余裕ないメロ……あっ、誰か来るメロ」


 突然メロっちは大声を上げて切り倒した森林の方を指差す。マチが振り返るとそこには現代にそぐわない着物を身に纏った、同年代の男がこちらを見て呆然としていた。


「おい、今のやったのはお前達か! 危ねえぞ新人!」

「新人……って拙者のことか?」

「た、多分そうメロ……彼はモンスターと交戦中の3班の人メロね。たしかハガクレ君メロ」


 ハガクレという名前に聞き覚えはない。しかし、歴史好きなマチは葉隠と呼ばれる書物の存在を知っている。


 目の前にいる男の見た目も黒髪で片目が隠れ口元をマフラーで覆い隠しているミステリアスな雰囲気がマチの好みでもあるためか、どこか浮足立つ形で会話を試みていた。


「あ、あのっ……ハガクレ殿」

「ハガクレ殿……? 普通にハガクレで平気だ。あとお前の所属はどこだ、今は俺達3班だけの出現命令だったはずだが」

「この子はちょうど今拾った所メロ。ボクを助けてくれた優しい人メロ!」

「ほう……顔も整っているし」

「……えっ!」


 突然自らの様子を褒められたことで気持ちが緩んだマチは、ついつい今のシチュエーションを忘れて払い除けるように腕ごと刀を振ってしまう。


「あ」


 木々を切り裂き、大地を震わせて……本日二回目の暴風がハガクレ君を襲う。


 勿論、こんな不意打ち対応できる訳もなく、不運にも攻撃が直撃してしまった彼は軽く20メートルは吹き飛ばされ頭を木にぶつけてその場に倒れ込んだ。


 その様子を見て一目散にハガクレに近寄ったメロっちと対象的にマチは頭を抱えてしゃがみこむ。


 ――ヤッた。これは確実に一線を越えてしまった。


 絶望の淵に沈み落ち込んでいる所に振ってくる朗報。メロっちがマチに気を遣いながら一言だけ言った。


「……これ、ハガクレ君じゃないメロ」

「……え?」

「この脳みそを見るメロ! 脳はグチャグチャメロけど、血の色が青いメロ」

「ほんと……だ。じゃあ拙者は人殺しじゃない!?」


 その塊から青色の血が流れているところを目視し安心したマチは、心底嬉しそうな様子で自分の刀を凝視する。


 そんな彼女を見てメロっちは少し引きつつも人を見る目は間違えてなかったとこちらでも満足げな態度で腕を組んでいた。


「じゃ、3斑は全滅したメロね。マチちゃん付いて来るメロ!」

「……なんで拙者の名を知っている」

「行くメロ!」


 半ば強引に連れ出されたマチは未だ浮ついた気持ちでメロっちの背中を追いかける。森の奥へ2人は迷い無く飛び込み、今回の親玉を探し始めた。


 日を森が遮り、空気が冷たく白い息を吐きながら捜索を始めたはいいものの肝心のボスの姿をマチは知らない。万が一ウサギのように可愛らしい姿をしていたら、流石のマチも抵抗感を抱く。


「ねえ」


 マチは質問する。


「その……ソレの容姿はどんな感じ? 可愛くないよね?」

「ボクから見たら何でも可愛く見えるメロ」

「答えになってないが……」


 まあ、見ればわかるだろう。そう考えたマチはそれ以上深く考えることを止めた。


 凍えるような冷気に押されて先に進むのを躊躇いだしたマチはある事に気付く。血の匂いだ。


 ハガクレ君達が先に戦闘していて、仮に負けてしまったのなら血塗れになっているはず。マチの嗅覚は犬にも劣らない程優れている。

 だから、周囲から漂う血の匂いにはすぐに気付いた。


「大変メロ。周りから変なニオイがするメロ」

「拙者も気付いたよ。これ……血の匂いだよね」

「それだけじゃないメロ! なんか甘いメロ」


 たしかに血以外に何かが香っている。ただ、それが何かまでは分からない。2人が警戒していると向こうから近寄ってきた。


「おい、お前は誰だ? ここは一般人がいていい場所じゃねえぞ」

「わっ、イケメンだ……メロっちどうすれば?」

「多分人間じゃないメロ。とりあえず刀を振って試すメロ」


 淡々と語るメロっちによって空気は一変する。メロっちが言っていることは、相手が何者か分からないけど殺してみろということ。


 そんな事、純粋無垢な一般市民である高校生に出来るはずが無い。しかし、麻里マチは女子高生である以前にサムライであるため躊躇ためらわなかった。


「えいっ」


 三度強風が彼女の目の前で吹き荒れてイケメン少年も全身を木に打ち付けられて動かなくなってしまった。


「やったメロ! 何とか使いこなせてるメロね、その刀!」

「え……あの、彼の頭部から血が流れてるんだが! 完璧に真っ赤なんだけど!?」

「あっ、ポケットからカルメ焼きが出てきたメロ。あの甘い匂いはこっからだったメロねぇ〜。まだボスがいるメロ、気を付けるメロよ」

「話聞いてます!?」


 いっそこの場でこいつを叩き斬ってやろうかとも一度考えたが、後の処理は全てやってくれると言っていたことを思い出し冷静になる。


 ――拙者は人を殺していない。


 そう自分に言い聞かせて妖精の背中を追う。


 夢中で気配のする方へ走り続け、やがて開けた土地に飛び出した。

 朝日に照らされてキラキラと輝く草原に、分かりやすくど真ん中で大将が鎮座している。


「誰だ貴様らは……私と同じ甘い香りがしない。さては援軍か」

「なるほどメロ……さっきのお菓子もお前のだったメロね。マチちゃん戦うメロ! さっきみたいに刀を振ってほしいメロ」

「えいっ!」


 妖精に従い、慣れた手つきで刀を振る。斬撃は金平糖のような敵の頭部に直撃するも一瞬怯んだだけで、攻撃による外傷は見えない。


「拙者の攻撃が効いてない……!?」

「面倒だな……そうだ、私の食糧で殺ってしまうか」


 そう言うと金平糖はパチンと指を鳴らし仲間を呼び始めた。数秒も経たないうちにさっきのイケメン少年のような見た目人間のお菓子人間にマチ達は囲まれてしまう。


「どうするのメロっち!? 大ピンチなんだが!」

「とにかく周りの人達からどうにかするメロ! ボクはチャージしないと攻撃出来ないメロ!」

「意味が分かんないよ!」


 そうして1人また1人と次々に襲いかかる彼らを切り倒していく。だが、彼らは全員お菓子に支配されたお菓子人間であるため、いくら攻撃を加えて粉々にしてもすぐに生き返り2人を殺そうと何度も粘る。


 ***


 気が付けば朝日から白日に変わり、冬にしては珍しい涼しさで匂いをより濃く辺りに充満していた。

 マチは妖精を庇いながら何時間も戦い続け汗と返り血で全身を染め、息を荒くしながら必死に刀を振っている。


 メロっちもその間ずっと何かを溜めているようだが残念ながらいっこうに完成する気配が無い。また、対峙している大将の方は直接手を下そうともせず、マチが消耗していく様を黙って見つめていた。


「はぁ……はぁ、遅すぎない……まだなのメロっち!?」

「なんか……溜まってないメロ」

「は? 先に言ってよ!? 拙者も……重労働なんだよ!?」

「ふふふ……私が手を出す必要もないか」


 彼女は真剣に考える。どうやってメロっちを犠牲にここから逃亡するかとか相手と和解出来ないか色々と思考を巡らせたが、これを解決出来る方法は1つしかないと悟った。



 簡単な話だ。どうすればメロっちが攻撃するようになるのか、その事だけに脳を活かすんだ。


 そうしたら案外すぐに答えが浮かび上がってきた。


「……お菓子。メロっち、今から言う拙者の言葉をききのがさないで! これしかないから!」

「教えてほしいメロ!」

「この人達の頭を囓って!」

「ほぇ!?」


 間抜けな声にも驚かず言葉を続けるマチ。本人からすると大真面目な意見である。


「お菓子に乗っ取られているなら、食べてあげよう! 妖精でしょう? 侍はそんな事出来ないけど妖精だったら何でも出来るでしょ!?」

「うう……やってみるメロ」


 メロっちは言われた通りに近付いてくる彼らの頭に飛びついて噛みついた。歯を食いしばって全力で食すことに全力を注ぐと、何かが砕ける音とともにメロっちは地面に落下した。


「た、食べられるメロ……! もっと食べるメロ!」

「任せたよメロっち!」

「な、なんだ貴様ら……おい、早く倒せッ!」


 こうなったメロっちはもう止まらない。

 次々と遅い来るお菓子人間に噛みついて食べていくメロっちを誰も止められず、とうとう最後の1人まで丁寧に食べ切る。


 食べられてしまった人達は膝から崩れ落ちて地面に伏せたまま動かなくなっていた。


「チャージ完了メロ! ボクの全身全霊ウルトラハッピートリガーをくらえメロ!」

「やめろ……やめろーッ!」

「いっけえええええ!」


 ファンタジーな光がメロっちの口から放たれ、動揺しているお菓子大将に直撃する。

 断末魔をあげながら光に包まれて、大将は跡形もなく消え去ってしまった。


「終わった……初運動にしては結構キツかったな」


 額から垂れる汗を拭いメロっちに抱き着き息を吸うマチ。そんな彼女に安心感を抱いたメロっちは、嬉しそうに笑った。


「さ! 倒れてる皆を救うメロ! マチちゃんは目を瞑るメロ。その間に全部無かったことにするメロ!」

「う……分かった。後は全部任せるから」


 そう言ってマチは大人しく目を閉じる。これが夢で何とかなることに期待しながら。


 メロっちが浮遊したまま両手を天に掲げて呪文を唱えると世界が光り輝き、足元に転がっているお菓子に侵食された少年達が浄化されていく。


「……終わったメロ。もう目は開けていいメロ〜」

「夢……じゃないんだ。拙者帰ってもいいか? 初詣に行きたいんだが」

「うーん、ボクも連れて行ってほしいメロ〜」

「えっ……拙者以外には視認出来ないよなメロっち? 流石に目立ち過ぎる」

「多分1人でもマチちゃんは目立つメロ」


 そんなこんなで慌ただしい正月の朝は終わる。

 マチは楽観的に考えていた。


 夢じゃなくても新年は始まったばかり、これから起こる不幸にビビるよりも待ち構えている幸福を期待する方が得なんだと。


 結局、2人は軽く談笑してからその足で神社に向かった。





 ***

 そして、彼女の休みは終わった。またいつものように日常が戻ってくる。


 本人の嗜好には全く合わないブレザーにネクタイを身に着け普段通り学校に通う日々に、既に若干嫌気が差しつつあったがこれも受け入れるしかない。


「お、万智マチ久しぶり。あけましておめでとう……あれ、髪伸ばしてんだ?」

「まあね。拙者が侍になるには何が足りないか考えた結果、髪を伸ばして結うことだったんだよ」


 そう言ってマチは自分の長い髪を級友の男子に見せつける。物珍しそうに眺める彼は気付いていない。


 マチが、女子であることに。


「……なんかお前の髪見てたら悲しくなってきたわ」

「? どうしてだ?」

「前に話してたバ先の先輩を誘ったんだけど予定が合わなくて結局どこにもいけなかったんだよ。正月デートする予定だったのによ」

「へーそうなんだ」


 マチは軽く受け流す。今この時もマチはずっと、どうすれば男子校から転校出来るかだけを考えていた。


 マチの両親は凄く変わっており、マチが女の子であるにも関わらず男子校に無理矢理通わせている悪魔である。


 そんな両親の魔の手から逃れる為今までにも色々と策を打ってきたがことごとく失敗し尽くしてきた彼女は、新年に願ったのだ。


 ――今年こそ、ツイていてくれ。


 と。


「……男の子しかいないメロ……」

「ん、マチ何か言った?」

「いや! 拙者は何も言ってないが! 正月ボケか?」


 そっと自分の右ポケットをつねる。中にはメロっちが入っている。


 マチはあれから数日経ってもメロっちと生活していた。それどころか計画に手を貸す羽目になっていた。


「……ふぅ。メロっち、さっきみたいな事はやめてね。拙者はクラスでも若干浮いているんだからさ」


 自分の席に座りほおづえをつくマチ。窓越しに外を眺めながら小声でメロっちに説教を説く。


 男子校で男装がバレたら退学確定だ、絶対にバレてはいけない。そのために目立ち過ぎるのはアウトだ。メロっちにも理解してもらえなければ困る。


「……今年こそは一泡吹かせてやるんだ」


 彼女達の旅は始まったばかり。女子だとバレる前にここから脱出すると同時に、キューターにとしてモンスターを狩って平和を手に入れる……1人の1匹の旅だ。

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