後編
そうして二人は世界各地を巡り歩いた、目的は魔王が持っていた魔装具を回収するため。あまりに強力で危険な物だったので、かつてセシリア達が魔王を倒した後、世界各地に守りを四大精霊に任せて封印していたのだ。
封印を解くために現れたセシリアを見た四大精霊達はあるものは嘆き、あるものは怒った。彼女と魔王はその悉くを打ち倒して再び自分の精霊として従えた、ただし今度は意志をもたない純粋な兵器として。
次に二人が行ったのは戦いの後、各地に散って残っていた強力な魔族を見つけ出すことだった。セシリア達が魔王を倒した時、彼らは魔王が再び再起すると信じて各地に散り、身を潜めていた。魔王がセシリアと共に現れた時には彼らは驚いていたが事情を説明すると二人に従うことを約束した。
そうしてセシリアが王国から追われる身になった日から2年が過ぎようとしていたーー。
イングラ王国の王都は今日も沢山の人で賑わっている。2年前に魔王が倒されてからこの王国はさらなる繁栄を謳歌していた。今日も街の中心にある大広場は大勢の人で賑わっている。
そんな中に闇夜より深い漆黒のローブを羽織った人間が一人、喧噪に紛れて佇んでいる。
「私が最後に見た時よりさらに発展しているわね」
声からしてその人間は女性のようだった。しかしその声にはあまり感情は込められていない。
「なんだ、これからここを破壊するというのに懐かしさでも湧いてきたか?」
彼女の頭の中に声が響く、こちらは男性のようだ。
「まさか。人間の社会に対する未練は2年前に捨てたわよ」
彼の言葉に対し彼女は淡々と答える。
「では、始めるのか?」
「ええ、始めましょう。今日がこの王国の終わりの日、そして私の願いの成就の日」
その言葉には先程と打って変わって少し喜びの感情が込められていた。
「精霊召喚。出でよ、四大精霊」
彼女のその言葉と同時に足下から何かが現れる、その姿は伝説上の怪物であるドラゴンに似ていた、体の色は赤と黒の色が入り交じって禍々しさを漂わせている。突如現れたその化物に周囲に居た人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。
「さて、それじゃ始めましょうか。王城までよろしくねサラマンダー」
サラマンダーと呼ばれたその怪物の頭に乗った彼女は行動を開始する。
彼女の手には先程までなかった杖と剣が握られていた、彼女は足下で起きている悲劇には目もくれず王城へ進軍する。
街のあちこちでは火の手が上がり、殺戮の地獄絵図が繰り広げられていた。王都の至るところで悲鳴が上がり、人々が無惨に殺されていく、その様子を見て彼女は薄く笑った。
「ノーム、シルフ、ウンディーネもよくやってくれているようね。後、彼とその配下達も、私も負けてられないわ」
そう言って彼女は杖を構え、魔法発動のために呪文を唱え始める。杖の先には紫色の水晶が付いており、禍々しい瘴気を放っていた。
ーー災禍の魔杖、彼女が魔王から譲り受けた最強の魔装具の一つだ、持ち主にありとあらゆる魔法の行使を可能にする絶大な力を与えるが使用者は魔道に墜ち、魔族へと成り果てる。
「この
彼女が呪文を唱え終わるとイングラ王国の王都中に眩い紫電が降り注いだ。その稲妻はまるで王都の民に降り注ぐ罰のようであった。
「あははははは! 最高ね! とても気分がいいわ!」
その様子を見て彼女は心の底から満足しているように高笑いを上げる、彼女が被っていたフードは巻き起こった爆風で外れていた。
ーーあらわになった顔はかつて聖女と呼ばれたセシリアのものだ。
「待っていなさい、イングラ王国国王。あなたを必ず私の手で殺して復讐を成し遂げてみせる」
彼女は迷うことなく王城へ向かっていく。目指す目的はただ一つ、王の首だ。
****
イングラ王国王城はセシリアが起こした侵攻の対応に追われ、大混乱に陥っていた。各地で起こっている戦闘で王国の兵士達はまったく役にたたず、追い込まれていた。
「ええい、なにが起きているのだ! 誰か状況を把握しているものはおらんのか!」
王の激高した声が謁見の間に響き渡る。この状況の中で情報の伝達は完全に混乱していた。
「この役立たずどもめ! お前達はそれでもこの国の兵士か! 何のために毎日訓練をしている!」
「申し訳ありません、陛下。ただいま我々も状況の把握に努めて下ります故、どうか落ち着いてください」
騎士団長が必死に激高した王を宥めようとする。だが状況は益々混迷を極めていく一方だ。
「報告します。この王城に真っ直ぐドラゴンのようなものが向かってきます!」
息を切らして駆け込んできた兵士がまた新たな報告をもたらす。その報告はこの場に恐怖に陥れた。
「ここに敵が向かって来ているのか……」
「なんてことだ……」
謁見の間に控えていた兵士達に動揺が広がっていく。
その時、謁見の間の天井が砕け散る、そこから現れたのは炎に包まれたドラゴンと一人の女だった。砕けた天井の真下にいた者達は瓦礫によって潰れ、絶命した。
「ひいいいいいいいいいいい! 嫌だあ、死にたくないぃ……!」
この突入によってこの場は完全に恐慌状態に陥った。鍛え上げられた兵士達が情けなく我先にと逃げだそうとする。
「うろたえるな! 陛下の御前であるぞ!」
騎士団長が叱責するがもはや恐慌状態に陥った兵士達には届かない、皆自分が逃げることに必死だった。
「随分と薄情な兵士達ね。ああ、この国の王もそうだからかしら」
謁見の間に女の冷たい声が響き渡る。逃げだそうとしていた兵士達はその声を聞いたが次の瞬間には黒い炎に包まれて灰になった。
「お久しぶりです、国王陛下。まだ私の顔は覚えていらっしゃいますよね」
謁見の間に入ってきた人物の顔を見て、王の表情は凍り付いた。
「き、貴様はセシリア……この惨状はお前が引き起こしたのか……」
「ええ。あなたに復讐を果たすため舞い戻って参りました」
薄く微笑みながらセシリアは国王の質問に答える。
「二年前の屈辱、今日ここで晴らさせて貰いますよ」
「!?」
そう言って彼女は国王のほうへゆっくり歩きだす。
「き、騎士団長、この女を止めろ」
「分かりました」
国王に命じられた騎士団長はそう言ってセシリアに立ち塞がる。
「あなたも大変ね、あんな屑を守らないといけないなんて同情するわ」
「それが私の職務だからな」
彼はそう言って剣を抜き、構え、
「参る!」
そのまま、剣を上段に構え、セシリアに斬りかかる。だがセシリアは右手に持った剣でそれを軽々と受け止める。
「!?」
「立派な忠誠心ね、でも捧げる相手を間違えたわよ」
彼女は受け止めた剣を弾き返しながら、哀れむように騎士団長に声をかける。
「黒炎よ、焼き尽くせ」
その言葉と共に彼女の手に握られた剣が横薙ぎに振るわれる。振るわれた剣からは黒い炎が生まれ、獲物を追いかける蛇のように騎士団長に向かっていく。
「ぐああああああああ!!」
黒炎に包まれた彼は痛みに悲鳴を上げる。やがて彼の体は跡形もなく消え去ってしまった。
「人間としては強い方だったんだろうけど残念だったわね、人としての強さなんてこの魔剣レーヴァテインの炎の前では無力よ」
セシリアは淡々と告げると国王のほうを見据える。
「さて、国王様の覚悟のほうも決まったかしら? 死ぬ準備はいい?」
彼女は愉悦が混じった声で王に死の宣告を行う、そうして口をつり上げて歓喜の笑みを浮かべながらゆっくり歩みよっていく。
「ま、待て! わ、悪かった! 二年前お前の仲間を謀殺したことは私が悪かった! 望むものはなんでも与える、な、なにが欲しい金か? 権力か? 頼む、命だけは見逃してくれぇ……」
必死に命乞いをする国王にセシリアは侮蔑の目線を向ける。
「本当に最後まで自分の保身ばかりね、これじゃさっきの騎士団長が浮かばれないわ」
呆れた声で嘆いたセシリアは国王の命乞いに耳を貸さず、彼に近付き、剣を構える。
「ま、待て! や、やめろ! やめてくれ! 死にたくない! 死にたくな……」
ぐちゃりと、
言葉が最後まで紡がれる前にセシリアの剣が国王の顔を貫いた。
「汚い口で喋るな、愚かな王め。濡れ衣を着せて人を殺した貴様が命乞いなど吐き気がする」
嫌悪の感情を隠しもせず吐き捨てたセシリアはそのまま彼の顔から剣を引き抜き、首を刎ねた。刎ねられた首は力なくその場に落ちる。
「終わりはあっけなかったわね」
復讐を果たした後には喜びよりも胸にぽっかり穴が開いたような虚無感に襲われた。目的がなくなってしまったからだろうか。
「なんだ、もう終わっていたのか」
声のしたほうを見ると魔王がそこにいた。今の彼は魔力で構成された精霊の身体ではなく、きちんとした肉体を得ている。
二年間の旅で彼の失われた肉体も取り戻したのだ、そのために魔装具の力を用いたために今のセシリアからは聖女としての力は失われ、存在も魔族に近いものになっている。
「終わったんだな」
「ええ、協力ありがとう」
「なら次は俺の人間社会への侵攻に協力してもらうぞ、それが元の約束だったはずだ」
「そのつもりよ」
彼女は無機質に答えて崩壊した王城から王都のほうを見る。王都のあちこちから火の手が上がり街は壊滅していた。
もう日は沈んでおり、燃えさかる炎がやけに美しく見える。
「ねえ」
「なんだ、なにか迷いでもあるのか?」
「あなたはこの2年間私と一緒にいてどう感じた? 私のこと?」
「どう感じたか? だと? ふむ、やはり面白い人間だとは思ったぞ、まあ今は俺の魔装具の使用者になったことで魔族に墜ちた身ではあるがな。こちらとしてはお前との旅は楽しかったぞ」
「そっか」
セシリアはくるりと体を回転させ、魔王のほうに向き直り、
「じゃあ、私のことをもらってくれる?」
出し抜けにとんでもないことを言った。
「お前をもらえだと? それはそういう意味で捉えていいのか?」
「ええ、そうよ。私をあなたの花嫁としてもらって欲しいという意味よ」
彼と旅をしている内にセシリアは魔王のことが好きになっていた。2年前のあの日にどうしようもない状態にあった自分を救ってくれた彼は今の彼女にとってもっとも大事な相手であり、好意を捧げる対象だった。
「ふははははははは! 自分をもらってくれときたか、本当に面白い女だ。いいだろう、お前を魔王の花嫁としてもらってやる」
魔王はセシリアの申し出に最初は戸惑っていたようだが、すぐに切り替えたのか申し出を快諾した。
「こんなどうしようもない人間だけどよろしくね」
セシリアは少し照れくさそうにしながら魔王に頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく頼むぞ。しかしなんとも奇妙な巡り合わせよ、魔王と元聖女が結ばれるとはなんという奇縁か」
「そうね、本当に奇妙だわ」
そう言って二人は心の底から幸せそうに笑い合うのだった。
魔王の許嫁〜国を追われた聖女は魔王と共に復讐を遂げ、幸せになる。 司馬波 風太郎 @ousyo
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