第5話 表裏一体
翌日から、弟とは口を利かなくなった。いつも通り、弟の顔は白く見えたが、可愛くは見えない。むしろ、今すぐにでもビンタしたかった。
弟は私と目を合わそうとしない。ピーンと張り詰めた空気が、リビングを覆う。私は弟を睨むが、効果はないようだ。
これほどまでに、憎しみの感情が湧くのは初めてだった。時間が経つにつれてジワジワと憎しみが浸透していく感覚。気分は優れない。
あれほど愛していた弟なのに、こんなわずかな出来事で憎しみの感情に変わるとは思ってもいなかった。この世で1番愛しているもの、そう聞かれたらまっ先に弟と答えるはずなのに。
今まで可愛く見えていた弟の行動も、全く可愛く見えない。イライラして、後ろから蹴飛ばしたくなる。理由は分からないが、なにをしても気分が晴れそうにはない。このイライラと憎しみの感情を、どうやって取り除けばいいのだろうか。
私は答えを探した。自分の胸に手を当て、答えを探す。弟との思い出が蘇り、楽しかった感情を思い出す。だが、その思い出すら憎しみに侵食され、腹が立って髪をかきむしる。
もう、弟と縁を切りたい。そう思うまでに憎しみが侵食した。私は生きる力を奪われたのか、気分がどんどん底なし沼にはまっていく。
弟と2度と関わらなければ、憎しみの感情がこれ以上生まれることはない。私の心の健康を考えると、これ以上憎しみが生まれてもデメリットしかない。弟と2度と関わらない、そうするしかないと思った。
この日はお互いに外出し、家で過ごす時間はあまりなかった。私が自宅から帰ると、弟はまだいない。どこか寂しいような、心に穴が開いたような感覚を覚えたが、険しい表情でリビングにて休息する。
1時間ほど経った頃だろうか、弟が帰宅する。弟は私の姿を確認したようだが、目を合わせない。近づこうともせず、私を明らかに避けている。
弟の姿を実際に見ると、余計にイライラが増す。私は手が出る前に、リビングを後にした。2階の自室にこもり、憎しみを必死に抑える。
気づけば呼吸が荒くなり、はぁはぁしていた。あれだけ弟を愛していたのに、今は自ら弟を遠ざけないと、余計に心が苦しくなる。
可愛らしいピンク色に染まったイメージの弟だったが、今はどす黒い色に染まっている。オーラも変わり、悪い目つきをしているようにも見える。
私の心も同じだった。弟と接するときは淡いピンク色、まるでお花畑にいるような感覚で接っしてきていたが、それが全て憎しみに変わってしまっている。
これほどまでに、憎しみという感情は強いのか。これではまるで、愛と憎しみは表裏一体で、ほとんど同じ感情なのではないか。そう感じるほど、見事に憎しみの感情が心の奥底まで浸透したのが分かった。
絵の具と同じ原理なのだろうか。淡いピンク色を先に塗っても、その上から黒色を塗ればピンクは跡形もなく消える。まるで、そこにピンクがなかったようにできる。
黒の上からピンクを塗り直しても、黒は主張が強いのか、完全には消えない。多めにピンクを足しても、少しだけ黒が薄くなる程度。
憎しみを消し去るには、憎しみよりも遙かに多い愛情を注がなければいけない。黒を消すには、圧倒的な量のピンクが必要だ。それでも、わずかに黒が残る可能性もある。
愛情は一瞬で消え、憎しみは深く残る。一体、どうすればいいのか。私は自室にこもって考えた。
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