第3話 買い物②

とんかつを注文し終えると、私は料金を払う。すると、弟がするすると私の横にやって来て、小さな手を伸ばしてとんかつが入った袋を受け取る。私がおつりを貰っていると、弟は袋の中をニヤニヤしながら見つめている。可愛い。たまらなく可愛い。


家に帰る車の中でも、弟は無言。なにも話さず、好きな音楽を流している。信号が赤になった時、私は可愛くとんかつの入った袋を膝の上に置く弟に思わず話しかけた。


「とんかつ、楽しみだね」


弟の返事はない。私が弟の方を見ると、小さく頷いていた。決して声には出さないが、意思を示している。弟はもう19歳。自分の意思を示すなど当たり前の光景かもしれないが、私には弟が急成長しているようにしか思えなかった。


家に着くと、弟はまっ先に車から降りて、小走りしながら家の中に入る。1番乗りに手を洗い、うがいをして、急いでテーブルの上にとんかつを広げる。


とんかつは熱々で、袋の中が水蒸気で少し濡れている。


「美味そ~!」


弟の声が聞こえ、私もとんかつを覗きこむ。きつね色をした衣が、私と弟を出迎えてくれた。表面のサクサク具合が食べなくても伝わってくる。


弟は急いでとんかつを皿に移し、早速食べ始めた。私も着替えを終えると、弟の横のイスに座ってとんかつを食べ始めた。


小さな口で、大きなとんかつを食べる弟。口の中に頬張り、ほっぺたが膨らむその姿はまさにハムスターだった。


私はハムスターと化した弟を笑顔で見つめながら、とんかつを口に入れる。弟は私の熱い視線に気づき、面倒くさそうな表情を見せた。


私は美味しいとんかつの味が台無しにならないよう、そっと見守りながら弟と2人でとんかつを食べた。


とんかつを食べ終わっても、弟はまだ可愛い。衣を口につけ、ベロを伸ばしてなにやら苦戦している。


「ティッシュ取って!」


弟が無愛想な口調で放った言葉に、私はあえて無視をした。可愛さがない。可愛くなければ、私の目の前にあるティッシュを取るつもりはなかった。


「ティッシュ!!」


弟の声がさらに大きくなる。私はそれでも無視していた。さらに可愛さからかけ離れ、無愛想な弟だったからだ。


弟は我慢の限界に達したのか、鼻息を荒くしながら自ら立ち上がり、私の目の前にあるティッシュを取りにきた。


「うざ!!」


弟が鋭い目つきで睨んできた。だが、その目つきすら可愛い。愛おしく、この世のものとは思えないほどキラキラしていた。


まんじゅう顔から睨むその目は、少し溢れ出たあんこのようだった。私はニコニコしながら、弟が目の前に来た瞬間にティッシュを渡した。


チーンという甲高い音を鳴らしながら、弟が鼻をかんでいる。少し前傾姿勢になり、おしりがぽっこり膨らんでいるのが、また可愛い。


私は弟を眺めてニヤニヤしていたが、この可愛さが憎しみに変わるのは、わずかな出来事だった。

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