第2話 買い物

この日は休日で、時刻はお昼の12時。弟はスマホでゲームをしている。イヤホンをつけ、手を忙しそうに動かしている。私は低い声で弟に声をかける。


「お昼どうする?」


弟は答えない。私は声を張り上げ、もう一度弟に声をかける。


「お昼どうする?」


すると、弟は驚いたようにイヤホンを外し、少しびくついた表情で私の顔色を伺う。怒られると思っているのだろうか、顔が青白く変化する。


「なんて言った?」


弟が小さく弱々しい声で私に尋ねる。この姿はなんとも可愛い。私は怒っていないが、弟はスマホを置き、私の方にやってきた。


不安げな表情を見せる弟に耐えきれず、私は笑顔で答える。


「お昼、なに食べるかなと思って」


そう言うと、弟は呆れるような表情で言った。


「テイクアウト!」


私が怒っていないと分かったのか、適当に答える。恐らく、ゲームで負けているのだろう。弟はいつもゲームで負けていると、イライラしてスマホをソファに放り投げる。貧乏ゆすりも止まらず、ゲームに負けているとすぐに分かる。


弟はソファに座り、手にスマホを取り、イヤホンをつけてまたゲームを始める。開始直後から弟は貧乏ゆすりをしている。ゲームに負けている証拠だ。私は弟に八つ当たりされることを避けるため、部屋から出て行った。


20分ほど経った頃、弟が無表情で声をかけてきた。


「お昼、買いに行くんでしょ?」


「そうだね。どこにする?」


「う~ん」


スマホを手に、なにやら弟が検索している。いつもは某有名ハンバーガー屋になることが多いが、今日は違う気分らしい。


「とんかつにするわ」


弟の顔に少し笑みがこぼれ、昼ご飯がとんかつに決定した。とんかつ屋は駅近くの商業施設内にある。自宅から車で15分ほどかかる。


「行くぞ!」


弟がニコニコしつつ、どこか恥ずかしそうな表情を見せながら可愛く言う。私は白くて小さい弟の顔を存分に眺めてから、カギを持って車に乗り込んだ。


弟はまだ運転免許を持っていない。いつも強制的に私が運転することになり、若干面倒くさい感じはあった。けれど、助手席を見ると弟が姿勢良く座っている。まるで卒業式に出席しているような姿勢の良さだ。


私は弟の顔をじっと眺めてから車を走らせる。


「早く行け!」


弟が面倒くさそうに言い放つ姿も可愛い。弟は家から一歩外に出ると、ほとんど話さない。それは車内でも同じで、弟に話しかけても短い言葉でしか返ってこない。


弟が好きなアイドルグループの音楽をかける。私はメンバーの顔も歌詞も知らないから、今ひとつテンションが上がってこない。ゆったりとした曲調ではなく、激しめの曲調が唯一の救い。眠くなることなく、集中して目的地にたどり着けた。


立体駐車場に車を停め、とんかつ屋まで歩く時も弟はなにも話さない。私の半歩斜め右後ろを歩き、静かについてくる。たまに、本当に弟がいるのだろうかと錯覚するほど静かだ。そんな弟がまた可愛い。


今のご時世、ほとんどの人がマスクをしている。私も弟もマスクをしているが、マスク姿の弟も絶品だ。顔がより小さく見え、大福餅顔に磨きがかかる。


可愛い弟とともにとんかつ屋の前についた。


「なににする?」


私が聞くと、弟は少し怒り気味に答える。


「いつもの!」


弟は外で話すことを少し恥ずかしがる。だから、メニューも自宅を出る前にたいてい決めているし、期間限定などいつもと違うメニューを絶対に頼まない。必ず、いつもと同じメニューを頼む。


私は一応弟にメニューを聞くが、もう聞くなということだろうか。弟は私の一歩後ろに下がり、注文を任せてくる。


弟はスマホを手に取り、なにやら髪型を気にしている。高校生までは短かった髪の毛が、今はワックスをつけて整えるほど髪の毛が伸びている。


強風の中歩いてきたわけじゃあるまいし、髪の毛が崩れるか!と心で思いながら、可愛く待つ弟のためにとんかつを注文した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る