第13話 姫騎士は彼を想う

 間を出て行くヴィオレッタを見送ったルカは、彼女の兄であるヴィロードに挨拶をした後、彼女を探すために庭園にやって来ていた。

 一年を通して咲き乱れる庭園の花々よりも美しいヴィオレッタ。彼女と花々の輝きを見ることができれば、それだけで幸せになれるというのに。無情にも、庭園にヴィオレッタはいなかった。

 無駄足だったか、と落胆する。しかし、招待客専用の休憩室で休んでいるのではないかと推測し、再び顔を上げて歩き始めた。その時――。


「ルカ」


 戦場を駆ける一筋の光のような美しい声がルカの名をつむぐ。整った眉の間に深い影ができあがる。先程まで舞い上がっていた気分は、急降下してしまった。

 ルカは不機嫌をあらわにしながら振り向くと、そこには見覚えしかないひとりの女性がいた。

 フェンネル色の長髪を後頭部で括る。フレイムオレンジの瞳には熱が含まれていた。体型を際立たせる深い青色のドレスは、彼女の筋肉質な体にフィットしている。

 彼女の名は、セージリア・エルツ・ヴェル・ノーディン。ノーディン侯爵令嬢であり、ルカの幼い頃からのライバルである。18歳という年齢ながらも、《四騎士》の一柱として数えられており、姫騎士ひめきしの異名で知られている。第一番隊隊長をも務め上げる彼女は、最強の騎士のひとりだ。


「こんなところで何をしている」

「テメェに関係ねぇだろ。いちいち声かけてくんな」

「口が悪いのは相変わらずだ……。先程まで、ほら……婚約者のご令嬢と踊っていたではないか。彼女はどこへ?」

「………………」


 ルカは答えることができず、黙り込む。セージリアは少しほっとしたような表情を浮かべ、ルカに一歩近寄った。ふたりの距離が近くなる。


「お前がダンスをするとは、珍しいな。それほど、婚約者のご令嬢のことを気に入っているのか?」


 からかうつもりでそう言ったセージリア。さらに眉間の皺を濃くして「ンなわけねぇだろ、目腐ってんのか」と言うのだろうと想像していた。実際これまでのルカはそうであったし、これからもそうなのだと、信じて疑わなかった。しかし、彼の反応は、セージリアが想像していたものとは酷くかけ離れていた。

 ルカは、白い頬をほんのり赤く染め上げ、ターコイズブルーの瞳を大きく見開いたのだ。


「……寝言は寝て言え、クソが」


 口元を手の甲で隠して否定をするルカ。口では否定しているが、どう見てもセージリアの言葉を肯定しているようにしか思えなかった。

 プイッと顔を背けたルカは、鋭い視線を感じ取る。何者だ、と急いでそちらに目を向けるが、月明かりが照らす窓だけがそこにはあった。

 気のせいか?と訝しげに思っていると、セージリアが俯いていることに気がついた。


「……あのご令嬢の、どこがそんなによかったのだ?」

「あ?」

「ルクアーデ子爵令嬢は、悪女で有名だろう? ろくな女性ではないことは分かっている。やはり、あの体か……?」


 太陽の熱を感じさせるフレイムオレンジの双眸がルカを捉えて離さない。ルカは、鋭い威圧感を放つ。セージリアの言葉が随分としゃくさわったようだ。

 ヴィオレッタの体は、女性であるセージリアさえも羨むほどに豊満である。胸元に携えるふたつの膨らみは、歩く度に大きく揺れる。腰は細く、足は長い。女性の誰しもが憧れる体型だろう。

 しかしセージリアは、ヴィオレッタのことをろくな女性ではない、ルカが気に入った理由はあの体か? かと言ったのだ。少なくとも彼女のことを好意的に捉えているような言葉ではないだろう。

 セージリアは悔しげに唇を噛みながら、ルカを見上げる。瞬間、彼女は軽率な発言をしたことを心の底から後悔した。



「殺されてぇのか」



 地を這う声。美しきターコイズブルーの瞳は憤怒に染まり、中心の光がまっすぐにセージリアを刺す。

 幼い頃からルカと過ごしてきたセージリア。彼はいつも不機嫌であったし、嚇怒かくどをあらわとしていた。しかし、ここまで怒気を見せることはなかったはず。自身に向けられた明らかな殺意に、セージリアは息すらまともにできなかった。


「テメェごときが俺の婚約者の何を知ってんだよ」

「ぁ、」

「二度とふざけたことを言うんじゃねぇ」


 ルカは彼女の形のいい耳元で、ささやく。本来ならば嬉しくて胸が高鳴る状況も、脅しの言葉の影響か、違う意味で心拍が速くなった。

 ルカはそれ以上何も言うことなく、その場を去る。ひとり残されたセージリアは、ルカの大きな背中を見つめる。


「ルカ……」


 震える唇から漏れたのは、甘く痺れる声。フレイムオレンジの瞳は、ルカだけを見つめていた。誰がどう見ても、恋する女の子であった――。

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